小説『アイスリンクの導き』第14話 「戦友」
『氷上のフェニックス』(小宮良之:著/KADOKAWA)の続編、連載第14話
岡山で生まれた星野翔平が、幼馴染の福山凌太と切磋琢磨しながら、さまざまな人と出会い、フィギュアスケートを通して成長する物語。恩師である波多野ゆかりとの出会いと別れ、そして膝のケガで追い込まれながら、悲しみもつらさも乗り越えてリンクに立った先にあるものとは――。
今回の小説連載では、主人公である星野がすでに現役引退後の日々を送っている。膝のケガでリンクを去る決意をしたわけだが、実はくすぶる思いを抱えていた。幼馴染の凌太や橋本結菜と再会する中、心に湧きあがってきた思い...。
「氷の導きがあらんことを」
再び動き出す、ひとりのフィギュアスケーターの軌跡を辿る。
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第14話 戦友
フリーランスのライターから預かった原稿を、土方歳三は「週刊ボンバー」編集部のデスクでリライト作業していた。深夜で静まり返っているが、ちらほらデスクに人は残っている。働き方改革はどうなったのか、出版社の週刊誌編集部の風景だ。
「これでもマシになった」
先輩たちは言うが、まだまだ効率的ではない。
目の前にある原稿のリライト作業もその一つだった。
ライターには2種類いる。テープ起こしや出来事などを合わせたメモのようなものを原稿で提出するタイプ。完成された状態で原稿を提出するタイプ。今回は前者で、面倒くさくて仕方がない。リライトしたものをライターに確認させると、「ニュアンスが違う」と言い始める。
〈そんなら、自分で完成形を書けばええねん〉
そう毒づきたくなる気持ちを抑える。
機嫌の悪さは別に理由があった。計画どおりだったら、土方は今頃、全日本フィギュアスケート選手権が開催されている長野にいるはずだった。
「『週刊ボンバー』で星野翔平をグラビアで特集しましょう。それで全日本まで密着っていう企画で。元世界王者、元五輪王者で復活したアスリートを追いかける記事って、結構読まれるじゃないですか? 彼がフィギュアで歴史を作ったのは間違いないです。そのおかげで五輪王者たちが生まれているし。それに僕、フィギュアをやっていたことが少しだけあって、翔平とは知り合いなんです」
編集部の企画会議で、土方は編集長にそう談判した。
中1から中3まで、2年ちょっとだったが、フィギュアをやっていたことがある。きっかけは大好きだった女の子が「フィギュアスケートが好き」という安直な理由だった。しかし、初めて見ると夢中になっていた。周りは「始めたのが遅すぎる」とか、「似合わない」とか、「名前が名前だから、剣道でもやれば」と適当なことを言ってきたが、他の選択肢はなかった。
運動神経に恵まれていたのか、トリプルアクセルだけはできるようになって、それが大技だったから自信がついた。ただ、本当は氷の上でダンスを踊るような選手に憧れていた。スリーターンからクロスロール、モホーク、チョクトウ、クロスを入れ、重力から脱却したように流れるように滑りたくて、必死に練習していた。
そんなある日、大会で出会ったのが翔平だった。
土方は心から驚いた。これがフィギュアなんだ、と悟った。どうしても知り合いになりたくて、帰り際、アイスをなめながら翔平が出てくるのを待っていて、知らないふりで声を掛けた。変な奴だと思われるのは承知で、新幹線の中でも一緒に座り、たくさんの話を聞いた。心が沸き立つようだった。
〈帰って猛練習や〉
そう思った。
しかし少し後に、病院の検査で心臓の弁に問題があることがわかった。普通の生活に支障はないが、「激しい動きのスポーツは勧められない」という医者の言葉だった。
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プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。