小説『アイスリンクの導き』第14話 「戦友」 (4ページ目)

「死ぬ前に整理すべきこと」

 それをテーマにした原稿に向き合いながら、土方はまったく興味が湧かない内容だけに、リライトの意欲も湧いてこなかった。未来を切り開く世代に向けて届けたいのに、こんなものを作って何になる、という迷いやあきらめが消えなかった。編集長の頑迷な年寄り路線に怒りを感じていた。

 深夜、まもなく0時になるところで、リライト作業にめどがついた。編集長に原稿をワードファイルで送った。確認待ちだが、どこかの飲み屋で時間をつぶして明け方に戻るパターンだ。

 椅子に座った土方が腕を伸ばしてクロスして肩のストレッチをしていると、見回りの警備員が「おつかれさまです」と声をかけてきた。振り返って目が合ったので、軽く会釈をした。他に誰もいなかったからか、あるいは深夜特有の気やすさか、警備員は「昭和大女優ヌード特集、永久保存版にしました!」と少し照れながら言った。
 
 警備員は髪が薄くなって、顔も疲れていて、年齢は70歳を越えた風貌で、雑誌の読書層と一致していた。
 
「喜んでもらえてよかったです」

 土方は控えめに礼を言った。こんな雑誌をありがたく読む人もいるんだな、エロおやじ、と心の中で毒を吐いた。
 
「私、ずっと工場勤めだったんです。定年してやることもなかったんで、こちらの深夜警備で雇ってもらったんです。こちらの雑誌、ずっと愛読書にしていまして。私が見回っている一室でみなさんが作ってらっしゃるんだなっていうのが、とても誇らしくて」

 警備員は嬉々として言った。笑うと顔のしわが寄った。

「いや、そんな偉そうなもんじゃないですよ」

 土方は本心で謙虚に言った。暇つぶしの雑誌だ。

「私、10年前に女房を亡くしたんです。定年後は旅でもしよう、と話していたんですが、もう一人になってしまって。子どもも自立したので、毎日、特にやることもないんですよ。だからといって、そんなにお金が余っているわけではないですし」

 警備員は目尻を下げて言った。人のよさそうな感じがある。

「読んでもらって、ありがとうございます」

 土方は少ししんみりとなって言った。

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