小説『アイスリンクの導き』第14話 「戦友」 (2ページ目)

 断腸の思いで、土方はフィギュアの道を断念した。「続けていても、トップレベルに行けるはずはなかった」と周りに諭されたが、それは違う。トップレベルに行けるかどうか、ではない。リンクに立ち、プログラムを演じ、衣装を着て、誰かに観てもらい、拍手を浴び、自分も他の選手の演技に感動する。そういう人生の一瞬を過ごしたかったのだ。

 だから土方は、翔平をずっと応援してきた。右膝前十字靭帯を断裂した時は、自分のことのように落ち込んだが、そんな逆境を乗り越える姿に、今度は勇気をもらった。生き様を詰め込んだようなスケーティングは美しく、胸を熱くさせた。応援するたび、自分も励まされているような気持ちになった。

 膝のケガから復活し、全日本に挑む前にインタビューできた時のやりとりは忘れられない。
 
「俺はお前と出会えたことを誇りに思っとる一人や。そういう連中はたくさんおると思う」

 土方が言うと、翔平は答えた。

「僕も歳三君と会えてよかった。どこまでできるかわからないけど、やってみる。生まれ変わったら、なんて言いたくない。まだ滑れる限りは、挑み続ける」

 翔平は言った。

「できるかどうか、よりも、やることや。悔いがない生き方を選べよ。これは、スケートができなくなった、星野翔平の永遠のライバルになるはずだった、土方歳三にしか言えへん言葉や」

「ありがとう、運命だって思うよ」

「それ、格好つけすぎやろ?」

「あは、そうだね」

 翔平は人懐っこい笑みを浮かべていた。できすぎなくらい、いい奴だった。話していると、気持ちが浄化されるというのか。不思議な感覚があった。

 その後、翔平は全日本優勝からミラノ五輪でもメダルを勝ち取り、世界王者に輝いた。
 
 土方は翔平が膝の痛みと戦いながら現役を続ける姿を、ずっと遠くから見つめてきた。声援を送り続けたが、痛々しくもあった。膝の古傷がどれだけ負担になっているか、スケートをかじった者には少しは共感できるからだ。
 
 だから引退を表明した時は、「お疲れさま」とだけ労いたかった。
 
 しかし翔平が去ったリンクは味気なく映り、大きな大会しか観戦しなくなっていた。フィギュアが嫌いになったわけではなかったが、翔平がいないことがさみしかった。翔平の奮闘に自分がどれだけ励まされていたのか、その喪失感に愕然とした。
 
 そんな暗かった日々に、光が与えられることになった。
 
「星野翔平、現役復帰?」

 ウェブのスポーツニュースを何気なくスクロールしていた時、目に飛び込んだ文字が輝いていた。

 それ以来、また一挙手一投足を追った。若いスケーターが走路に入ってきて衝突、棄権したこともあったが。近畿選手権では健在ぶりを示し、西日本選手権では優勝した。実は有給休暇を使って、すべて現地で見守っていた。
 
 だから、あきらめきれなかった。

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