小説『アイスリンクの導き』第14話 「戦友」 (3ページ目)
「星野翔平、女性人気は今も健在ですよ。取り上げる価値があります」
土方はそう言って、編集長を説得しようと粘った。しかし、すげなく一蹴された。全日本の期間は仕事が最高潮に忙しく、取材でもなければ現地には行けない。有休もすべて使っていた。
「土方、お前はうちらの雑誌がどの層の人たちに読まれているか、知ってるよな?」
「ハイ、年配の男性が多いです」
土方は小さな声で答えた。
「年配ったって、定年前じゃない。平均で70歳以上だぞ。もう、老後をどう過ごすか、の方が大事なんだよ。役所に申請しないともらえない金の話だったり、最強の病院ベスト30だったり、血圧のコントロールや腰痛の治し方だったり、認知症予防法とかが知りたいんだ。前号の『ご臨終をどう迎えるか、お墓の特集』とかよかったじゃないか。ああいうの頼むよ」
「でも、スポーツ選手の記事はまだ読まれていますよ」
「野球だけな。年配の人たちの興味はそこから広がらないんだよ。フィギュアスケートなんて、五輪の時に一日だけ見て、メダル取れるか、って騒ぐだけでおしまいだよ」
「一日で勝負は決まらないですけどね」
「そういう一過性のもんだって言っているんだよ。グラビアやりたいなら、かつての大女優の還暦ヌード企画とかもってこい。シルバー世代が喜びそうなネタを」
編集長は、捲し立てるように言った。
土方は小さくため息をつきそうになりながらも、まだ食い下がった。
「けど、うちの雑誌を女性にも買ってもらえるチャンスじゃないですかね? 星野翔平は、今も相当に人気はありますよ」
「じゃあ、いつもうちの雑誌を買っている人たちはどうするんだよ。いきなり方針転換なんて、読者が離れるだろ。待っている人のために、必要な記事を届けることが大事なんだ」
正論だったが、土方は編集長の言葉に苛立ちを覚えた。なぜ、こんなに閉鎖的なのか。少しも聞く耳を持たない。
「販路の再開拓をしましょうよ」
土方が食い下がると、編集長は声に苛立ちを滲ませた。
「お前、うちが今どれくらいの部数か知っているよな? 全盛期の10分の1だぞ。広告収入は約20分の1。生き残るには、既存の読者層で食いつないでいくしかない。資金力のある週刊誌のように、スクープを連発させるような体力もないからな。それでも、文句があるなら、他の部署に飛ばすぞ」
「あっ、編集長、それはパワハラです。撤回した方がいいですよ」
隣に座っていた副編集長が助け舟を出してくれた。編集長はそれ以上、何も言わなかったが、企画は流れでボツになった。
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