小説『アイスリンクの導き』第13話 「抽選会」
『氷上のフェニックス』(小宮良之:著/KADOKAWA)の続編、連載第13話
岡山で生まれた星野翔平が、幼馴染の福山凌太と切磋琢磨しながら、さまざまな人と出会い、フィギュアスケートを通して成長する物語。恩師である波多野ゆかりとの出会いと別れ、そして膝のケガで追い込まれながら、悲しみもつらさも乗り越えてリンクに立った先にあるものとは――。
今回の小説連載では、主人公である星野がすでに現役引退後の日々を送っている。膝のケガでリンクを去る決意をしたわけだが、実はくすぶる思いを抱えていた。幼馴染の凌太や橋本結菜と再会する中、心に湧きあがってきた思い...。
「氷の導きがあらんことを」
再び動き出す、ひとりのフィギュアスケーターの軌跡を辿る。
登場人物一覧>> 第1話>> 第2話>> 第3話>> 第4話>> 第5話>> 第6話>> 第7話>> 第8話>> 第9話>> 第10話>> 第11話>> 第12話>> 第13話>> 第14話>> 第15話>> 第16話>> 第17話>> 第18話>> 第19話>>
第13話 抽選会
12月、長野。会場の外は凍てつくような寒さだった。山を越えた新潟の方では、豪雪注意報が出ているという。雪を降らせる雲は峰々に遮られていたが、寒波だけはすさまじかった。
星野翔平はタクシーから降りて、関係者受付口に入るところまでの数歩で凍えそうになった。ホテルから出た時、ぼんやりしていて上着を忘れた。開会式を兼ねた滑走順を決めるための抽選会だったのでスーツ姿で、肌まで冷気が伝わってきた。建物の中に入って、受付をしていると、人心地がつく暖房に安堵した。
「翔平さん、お久しぶりです」
背後から宇良悟の声がした。自動ドアが開いて、再び冷気が入ってきた。
「おう、宇良君」
翔平は寒さに身震いしながら答えた。
「また会えることができてうれしいです!」
宇良は快活に言った。彼は上着のダウンジャケットを着こまず、手に持っていた。
「東日本選手権優勝、全日本出場おめでとう。約束を守ったね」
「はい! 全部、翔平さんのアドバイスのおかげです」
宇良は大きな声で返事した。関東選手権で優勝した後、東日本選手権でも他を寄せ付けない演技だった。岡山出身で抜群のダンス感覚を見せたことで、「翔平二世」とファンやメディアでは騒がれている。ショートのヒップホップバージョン「白鳥の湖」は話題だ。
「僕は何もやってないよ。すべて君の実力さ。そうなるように、導かれていたんだよ」
受付を済ませた後、翔平は言った。
「氷の導きがあらんことを、って僕も祈っています。翔平さんが福山凌太さんと子どもの頃から祈っているって聞きました。自分も真似て......」
「最初は映画のセリフの受け売りで、遊び半分だったんだけどね。ずっと欠かさずに心の中で呟いていたら、くせになっちゃっただけだよ。自分を過信しないように、導きに感謝を、って。まあ、弱気にならないし、フラットな気持ちで滑れるんだ」
「僕もそうです! 翔平さんに衝突してしまって以来、ジャンプで緊張することもなくなりました。言ってもらったように、ジャンプも演技の一つで、プログラムに溶け込ませようって。失敗も受け入れられるようになったら、失敗しなくなったというか。翔平さんの魔法です」
「いやいや、大したことは言っていないよ。おばあちゃんはサイン、喜んでくれた?」
「ばあちゃん、興奮がやばかったです。『死にぞこないが、長生きしてよかった』って。翔平さんの復帰戦を台無しにした僕を怒っていたんですが、サインがうれしすぎて笑みがこぼれちゃうって感じでした。笑いながら怒る人みたいでしたね。翔平さんのサインがなかったら、本当に長野の家に入れてもらえなかったかもしれません」
「ハハハ、厳しいな」
翔平は、自分のアクシデントが宇良にとって、いい目に出たことが幸せだった。自分もスケーターとして、誰かにその幸せを与えられていたはずで、それを返したに過ぎない。
1 / 5
著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。