小説『アイスリンクの導き』第13話 「抽選会」 (2ページ目)
二人で通路を歩きながら、小さな舞台と座席のある抽選会場に入った。会場では、男子シングルだけでなくいろんな種目のスケーターたちがどの席につこうか、ごった返していた。まもなく、関係者が登壇し、係の人が来て抽選会が始まる。
「翔平君!」
すでに着席していた飛鳥井陸が明るい声で呼びかけ、椅子から腰を浮かせて、こっち、こっち、と手招きした。
「陸、グランプリファイナル優勝はすごかったな。とくにフリーは感動したよ。富美也の演技もすごかったから、あれをさらに上回るなんて」
近づいた翔平が言う。
「富美也にはもう負けないよ。僕だけが、翔平君と同じくらい強いんだから」
陸はそう言うと、自分たちより遅れて入ってきた富美也へ視線を送った。富美也は睨み返してきた。抽選会から戦いは始まっている。
「トリプルアクセルに4回転4種類5本をパーフェクトに降りるなんて。コンビネーションも付けて、俺にはできない芸当だよ」
翔平が緊張を和らげるように言う。
「でも、僕は翔平君と同じで、勝負したいのはそこじゃないから。あくまでスケート、芸術、表現のところで勝ちたい。だからこそ、コーチもスローな曲を託してくれたんだよ」
「そうだな」
翔平の答えに続いて、宇良も何か言いたげだったが、黙っていた。
「富美也は、4回転5種類の6本、そこにクワッドアクセルまで入れて練習しているらしいよ。グランプリファイナルの後のあいつは、鬼気迫るものがある。今も睨まれているような気がするよ」
陸が言う。
「気のせいだろ」
翔平がそう言って、富美也の方を探すとどこにもおらず、首を振ると、自分たちの真後ろに移動してきていた。
「なんか、呪力を感じるよ」
陸が前を向いたまま小声で言う。
翔平が見知った顔は少なくなっていた。フィギュアの選手のキャリアの回転は速い。大学卒業後も、現役生活を続ける選手は一握りだろう。「短い命を燃やす競技」と言える。
「ジュ、ジュニアから出場させてもらう、桜岡伸哉と言います」
まだ16歳だという選手が立ち上がって、翔平のところに挨拶に来た。すると、一人一人がこぞって椅子から立って、挨拶に来たことで、通路に人だかりができてしまい、その場の収拾がつかなくなる。
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