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小説『アイスリンクの導き』第11話 「アイスダンサーの矜持」

『氷上のフェニックス』(小宮良之:著/KADOKAWA)の続編、連載第11

 岡山で生まれた星野翔平が、幼馴染の福山凌太と切磋琢磨しながら、さまざまな人と出会い、フィギュアスケートを通して成長する物語。恩師である波多野ゆかりとの出会いと別れ、そして膝のケガで追い込まれながら、悲しみもつらさも乗り越えてリンクに立った先にあるものとは――。

 今回の小説連載では、主人公である星野がすでに現役引退後の日々を送っている。膝のケガでリンクを去る決意をしたわけだが、実はくすぶる思いを抱えていた。幼馴染の凌太や橋本結菜と再会する中、心に湧きあがってきた思い...。

「氷の導きがあらんことを」

 再び動き出す、ひとりのフィギュアスケーターの軌跡を辿る。
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第11話 アイスダンサーの矜持

〈今日は、練習にシングルスケーターの星野翔平君が来るんだった〉

 朝4時半、本村茉優はベッドでスマホのアラームを止めながら、眠たい頭でぼんやりと考えた。

 茉優はアイスダンサーに転向して七年目になる。

 18歳の時、シングルスケーターとして全日本選手権に出場した。しかし、「ジャンプ全盛時代」の幕開けの時で、ジャンプに対しての加点方式が進みそうな気配が漂い、「芸術」と「競技」がのった天秤が後者へ傾きつつあった。案の定、足切りでフリーには進めずに戦いは早々に終了した。周りに「来年はジャンプも頑張って」と励まされたが、限界が見えた気がした。もともと、フィギュアスケートの優雅さや物語性に憧れていただけに、根本から抗いたい気持ちもあった。

 そこで一念発起し、茉優はアイスダンスへの転向を申し出た。先生たちは目を丸くしていたが本気だった。アイスダンスは国内でトップに立って、五輪に出場するのも夢ではなかったからだ。

 日本国内でアイスダンスはマイナー競技で、パートナー探しに苦労した。女性で興味を持つ選手はいても、男性は転向の決断を渋った。自分が初心者でパートナーには経験者を希望していただけに、瞬く間に半年が過ぎてしまったが、カナダで活動していた日本人とのハーフの男性選手がパートナーと関係を解消し、運よくカップルを組むことができた。

 これは僥倖だった。相性もよかったおかげで、とんとん拍子で前回のカルガリー五輪に出場し、日本勢史上最高位を記録した。

 ただ、鬱々とした不満も感じていた。たとえ自己最高の演技をしても、日本国内では"シングルの前菜"にしか扱われない。囲み取材を比較すれば一目瞭然で、シングルトップスケーターのスター選手の10分の1にも満たない報道陣の数だった。どうすれば自分たちの演技を注目してもらえるのか。それは五輪でメダルを取ることだが、そこに行き着くためには競技自体が盛り上がらないと厳しい。次の五輪まで4年近く、何から再び手を付けたらいいかわからず、モチベーションを保つのが難しかった。世界のトップダンサーとの差も痛感し、悶々としていた。

「星野翔平君が、アイスダンスを体験してみたいんだって。こういう交流は茉優にとってもいいでしょ?」

 先生から打診を受けた時、茉優は飛びついた。

「もちろん、いいですよ! でも、なんで突然?」

「全日本に向けて、ジャンプで少し行き詰まっているところがあるらしく。一度、発想の転換で、アイスダンスに触れてみようって。もともと、興味はあったみたいだし」

 西日本選手権のフリー、翔平は最終滑走で「オペラ座の怪人」を滑った。冒頭の4回転ルッツ、トリプルアクセルを成功し、滑り出しはよかったが、後半になってペースダウンし、3本のジャンプはどれも回転不足が付いた。トータル250点台に乗せて優勝したが、体力が戻っていないのだろう。あるいは試合勘と言われるものか。4年ぶりの現役復帰など、トップレベルでは誰もやったことはないだけに未知の世界。

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著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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