小説『アイスリンクの導き』第11話 「アイスダンサーの矜持」 (3ページ目)
茉優は少し緊張を覚えた。リンクに着くまでは、アイスダンサーのすごさを見せつけてやろう、と意気込んでいた。シングルスケーターがジャンプをプログラムに溶け込ませ、一つの作品にするのはリスペクトしているが、スケーティングの優雅さは自分たちの独壇場のはずだったが・・・...。
アイスダンスは、シングルスケーターのように大技ジャンプでの逆転がなく、ひとつのミスで、たとえばツイズル一つをとっても、ほんのわずかに二人のタイミングがずれれば、トップに立てない。
「引き算の競技」
アイスダンスは、そう言われる。小さなミスが許されない。精密なスケーティングを積み重ね、その上で、それぞれのカップルが個性で脚色する。そこに辿り着くには、膨大な時間と辛抱を強いられる。
シングルとは、スケート靴からして違う。ブレードが短く、安定しない。スピン一つとっても、シングルでは自分の中心が軸だが、ダンスでは二人の間に軸を作る。それぞれがうまい、では成立しないのだ。
茉優は、フリーダンスの「オペラ座の怪人」の曲かけ練習を見せることになった。チャレンジャーシリーズでは、アジア勢史上最高得点を記録した。偶然なのか、翔平も今シーズン、フリーで滑っている曲だ。
まずはコレオグラフィックキャラクターステップシークエンスで、怪人ファントムが歌手クリスティーヌに迫る怪しげなシーンを演出した。リフトを形だけやった後、ツイズルでピッタリと息を合わせた。それは二人が通じ合った瞬間を意味している。ダンススピンはさらに二人の距離が縮まって絡み合う。ワンフットターンではエッジを深く倒した。コレオグラフィックスライディング、ダイアゴナルステップで音の盛り上がりと一体化。最後にリフトを省いてポーズを決めた。
リンクサイドで見ていた翔平は、強く手を叩いていた。大きく目を開け、本当に感動しているようだった。
「すごい、マジですごいです」
興奮したように称賛の声を上げた。
「ありがとうございます」
茉優は、リアムと一緒に礼を返した。
「すごく刺激になりました」
翔平が言うので、茉優は思いきって言った。
「ワンフットターン、一緒にやってみませんか」
「えー、無理無理」
「技術的には翔平君ならできますよ」
「じゃあ、教えてください」
「はい!」
茉優は挑戦状を叩き付けたつもりでいた。ディープエッジに奪われた心を、アイスダンサーの自負を取り戻したかった。
そこで、茉優が二度、三度と模範を見せた。翔平は、食い入るように見ていた。身体に動きを取り込むようだった。
3 / 4