小説『アイスリンクの導き』第11話 「アイスダンサーの矜持」 (2ページ目)
全日本で表彰台を狙うには、男子シングルのパイオニアでも覚醒が必要だった。
「ずっと活躍を求められるのも大変ですね」
茉優はコーチに言った。
「それがスターだから。茉優もその輝きに照らしてもらいなさい」
先生の言葉に、茉優は「うんうん」と頷いた。
翔平の人気、実力にあやかりたい、という気持ちは否定しなかった。たとえ箸休めに利用されたとしても、一人でも多くの人にアイスダンスの活動を知ってもらいたいと思っていた。なぜなら、それだけの魅力と価値があるからだ。
「密着の撮影もあるらしいから。大丈夫?」
「むしろ、いいじゃないですか? こういう機会に少しでもアイスダンスに興味を持ってもらうのは最高ですよ」
茉優はそう答えていた。
当日はいつもより少し早く起き、けばけばしくないように見栄えよく映るナチュラルメイクにした。これが、意外に手間と時間がかかる。ただ、マイナー競技を広げるのは、どんな小さいディテールも手を抜いてはいけない。そこで夢中になっていたら、家を出るのが15分は遅れてしまった。没頭すると時間を忘れるところがあるのだ。
アパートの3階から急いで駆け降り、中古で購入したコンパクトカーを走らせ、リンクに到着した。関係者専用の駐車場に停め、急ぎ足で通用口から入ると、氷上にはすでに翔平が滑っている姿があった。
「あっ」
茉優は立ち止まって、思わず見入った。
翔平はエッジを倒し、上半身をくねらせ、指の先まで意識して滑っていた。世界王者である翔平のスケートを映像で観たことがないはずはない。しかし、試合会場では自分のこと以外に手が回らず、じっくり生で観たことはなかった。間近で匂い立つように色気のあるスケートを見て、圧倒された。スケーティングの技量は、アイスダンスを続けた今だからこそ伝わるものがあった。
「一緒に踊ってみたい」
パートナーがいるにもかかわらず、密かに思った。その引力はすさまじく、自分も翔平の動きに合わせて体を動かしそうになる。
「Hurry up,Mayu. Everyone is waiting for you!」
「ごめん、すぐ準備する!」
パートナーであるリアム・フレイザーに「急いで、みんな待っている」と注意され、何か浮気しているわけでもないのにとがめられたような後ろめたい気持ちになった。
茉優はいつもより早めにアップし、リンクに出た。3周ほどすると、体が氷に慣れてきた。スタンバイ状態になったところで、先生がみんなを一堂に集めた。すでにカメラも回っているようだった。レンズを向けられた翔平も、アイスダンス用の靴に履き替えていた。
「今日はよろしくお願いします。こんなタイミングで、と思われるかもしれませんが、アイスダンスの方々と一度、氷の上で話してみたくて。この機会を作ってもらって、ありがとうございます」
そう口火を切った翔平は、有名人なのに少しも気取らず、腰が低く、丁寧に挨拶をした。形だけの自己紹介が済んで、まずは茉優とリアムの曲かけ練習をリフトなしで見てもらうことになった。
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