小説『アイスリンクの導き』第4話 「再出発の日」

『氷上のフェニックス』(小宮良之:著/KADOKAWA)の続編、連載第4話

 岡山で生まれた星野翔平が、幼馴染の福山凌太と切磋琢磨しながら、さまざまな人と出会い、フィギュアスケートを通して成長する物語。恩師である波多野ゆかりとの出会いと別れ、そして膝のケガで追い込まれながら、悲しみもつらさも乗り越えてリンクに立った先にあるものとは――。

 今回の小説連載では、主人公である星野がすでに現役引退後の日々を送っている。膝のケガでリンクを去る決意をしたわけだが、実はくすぶる思いを抱えていた。幼馴染の凌太や橋本結菜と再会する中、心に湧きあがってきた思い...。

「氷の導きがあらんことを」

 再び動き出す、ひとりのフィギュアスケーターの軌跡を辿る。 ※第4話は有料となっております。
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第4話 再出発の日


 桜が散って、つつじが満開を迎えた頃、星野翔平は岡山の全国系列の地方局『鬼が島テレビ』のスタジオに来ていた。誕生日の前日だった。

 東京のテレビ局と比べたら、スタッフの人数は少なかったし、施設も華やかさはなかったが、丁寧に迎えてくれたことが伝わってきた。スタッフの緊張が微かに伝わってくる。

「現役復帰を発表するなら、東京の大手メディアで大々的にやった方がいい」

 そういうアドバイスも受けたが、翔平は再スタートするなら故郷、岡山から"ゼロの気持ちで"と頑固に貫き通した。テレビタレント業務はちょうど3月末の契約更新のタイミングで、すべて打ちきっていた。一人のフィギュアスケーターとしての再出発だった。

 スタジオに入った翔平は、和やかな雰囲気を作るような器用さは持ち合わせていないが、張り詰めた感じや高圧的な空気を出さないようには気を付けた。そのために、マネージャーとスタイリストだけを連れてふらりとやってきた。余計なお祭り騒ぎは、自分らしくなかった。控室のテーブルには、岡山の銘菓が小分けにして置いてあり、心づくしだ。

「今日はお越しいただきありがとうございました」

 番組のプロデューサーが挨拶に来た。その肩越しに、橋本結菜が頭を下げる姿があった。岡山のテレビ局だが、番組制作は幼馴染の結菜が所属する映像プロダクションに頼んだ。

 結菜はディレクターに昇進していた。現役復帰発表に至る密着を撮影してもらいながら、映像を流した後に生放送でインタビューを受ける予定だった。アナウンサーに任せる場合が多いが、インタビュアーには結菜を指名していた。

「今日はありがとうございます」

 結菜は頭を下げた。

「仰々しくせんで、いつもどおりでええって。俺も岡山から再出発したかったし」

 翔平が首を横に振りながら返す。

「大役だよ。変な番組を作ったら、きっとファンに叩かれる!」

「変なのは作らないでくれよ」

 翔平が冗談で言うと、結菜が笑顔になった。

「上司には、『幼馴染とはいっても、なんで橋本がご指名なんだ?』って不思議がられたよ。おかげで鼻が高い」

 結菜はおどけるように、鼻に拳を当てた。

「いつだったか、『うちが翔平を取材してあげる』って子供の頃に言ってくれただろ?『翔平は努力型だと思う。そういう選手が強くなっていく姿は共感できるはず。ええ題材じゃろ』って」

「えー、覚えていてくれたんじゃね」

 結菜は珍しく岡山弁になった。東京に出てから、ほとんど方言は出ない。

「忘れないよ、勇気をもらったから。今でも自信になっているよ」

「うん、うちもうれしい」

 翔平はそう言われて照れ臭くなって、昔話を続けた。

「小学生最後の夏、凌太やみんなで占いの家に行ったことは覚えとる?」

「行った!」

 結菜は目を細めて笑った。

「あの頃は、スケートが好きで将来もやるって決めていたけど、不安でもあったから、なんだか覚えているよ」

「でもさ、あの占いの家、すごい的中率だよね!」

 結菜が言った。

「そうそう、凌太は美咲ちゃんと結婚したし」

「翔平と凌太はずっとライバルで、今や選手とコーチ。表裏一体、って言っていたもんね!」

「ほんとだ」

 翔平は感心したように言った。

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プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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