小説『アイスリンクの導き』第4話 「再出発の日」 (5ページ目)

「復帰してすぐは、"あ、こんな体になってんだ"とは思いました。引退して半年近く休んだ後は、アイスショーなどで積極的に氷の上に乗っていたんですが、ジャンプは封印していたし、身体に負荷をかけないようにはしていたので。"アスリートとしての体はだいぶ弱ってんな"と思いました。右膝も思うようにはいかないですし」

「膝のケガは、今も尾を引いているんですね」

 結菜はかぶせるように訊いた。

「思い通りにはならない友達のようなものだと思うことにしています。そこに囚われてしまうと、先へ進めないので。膝が思うように伸び縮みしなくても、日によっては痛みが出てしまっても、『今日は頼むよ』とか、『今日は頑張ってくれよ』とかお願いするみたいな」

 翔平は暗くならず、朗らかに言った。

「今さらながら、その不屈の精神力が星野選手を世界一にしたんですね」

「いや、僕は弱虫ですよ。たぶん、自分は弱いからこそ、周りのみんなに助けてもらって、少しは強くなれるのかもしれません。膝の強化でも、みんながサポートしてくれました」

「仲間の皆さんのおかげで、いるべき場所に戻れたということですか?」

「そうですね。変な言い方ですけど、現役復帰という手段を使って大好きなスケートを取り戻せたというか。捉え方によっては、感じが悪いかもしれないですけど。これからの人生に向けての現役復帰なのかもしれません」

「リンクに何を求めて戻るのでしょうか?」

「『世界選手権出て、オリンピック出て、メダルを取れ』と言われていたら、やっていないでしょうね。勝てなくて当たり前。勝たなければならないプレッシャーがないのは大きいです。単純に、勝つために戻るわけではありません」

「どのような思いですか?」

 核心に迫るように、結菜が質問を重ねた。

「うーん、僕は言葉にするのは下手なんですけど。フィギュアスケーターになった限り、みんながそれぞれの領域で戦っていると思うんですよね。たとえば、"一度でいいから衣装を着て競技会に出てみたい"という選手がいたら、そういう選手にとって勝ち負けはそこまで重要ではないかもしれません。一方で、"誰にも負けたくない、氷上で一番になる"という勝負にこだわる選手もいると思います。その中間で、いつも"自分以上"にフォーカスしている選手もいるでしょう。結局、それぞれの選手の感覚なんじゃないかなって思うんです。自分の場合は復帰して、"再び世界一に"という目で見てくる人もいるかもしれないけど、僕はもう、そこに参戦するつもりはありません。あえて言うなら、"純粋にスケーターとしての空気を感じたい"ですかね? スケーターとして、"一度目とは違う終わり方があるかな"とも思ったんです。いや、終わり方とも違う、続け方っていうか。とにかく4年前は中途半端な終わり方だった気がして、一回、やりきらないと次にも進めないなって思ったんですよ」

 翔平は饒舌になった。

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