小説『アイスリンクの導き』第4話 「再出発の日」 (4ページ目)

 上司の言葉は辛らつだったが、優しい響きもあった。自分を叱咤し、チャンスを与えてくれているのだろう。

「出演者のよさをもっと引き出すように、努力してみます。今回はすいませんでした」

 結菜は打ちのめされた気分のまま、どうにかそれだけ言って、頭を下げて部屋を出た。入社1年目が終わろうとしている中での挫折だった。上司の話は筋が通っていた。

 結菜は、実力と努力の足りなさを他人に転嫁していた。それはものを伝えるイロハの時点で、失格だった。自分というフィルターを通し、報じる。それが報道の仕事である。そのフィルターが汚れ、曇っていた。

「周りの人のせいにしている選手は、伸びないんだよ」

 学生時代、翔平が洩らした話を思い出していた。誰かと自分を比較するのではない。己を見つめ、掘り下げるべきだ。

〈今日、結菜は死す〉

 少し大げさだけど、結菜はそう思うことにした。翔平に言ったら、「極端だな」と苦笑いされるかもしれない。でも、新たに生まれ変わる、再生するんだ、と心に誓った。

 まずは、自分を裏切らないように。翔平を見習い、真っ直ぐに生きてみようと思った。

 すべてを世界のせいにする甘えを捨てた。理想をつかみ取ろうとする姿勢だけは失ってこなかったからこそ、このルポに辿り着いたのだ。

 スタジオでは、翔平に向けたカメラは回っていた。

 VTRはまもなく終わる。

 映像の中、トレーニングに挑む翔平は魔物も寄せ付けない気迫を漲らせていた。得意とする4回転トーループ。三度の失敗の後は、必ず成功させていた。そうやって、少しずつ精度を高めるのだろう。4回転は難易度の高いフリップ、ルッツにも取り組んでいた。

「はいっ!」

 特別コーチに入った福山凌太の声が、画面の端のスピーカーから聞こえる。ジャンプの踏み切りのタイミングを確かめていた。二人が真剣な表情で話し合っているところがカメラに抜かれる。幼馴染が時を経てタッグを組んだのも、大きな話題になっていた。

 VTRが終わり次第、インタビュー中継に切り替わる。

 結菜は、喉の具合を確認した。顔は強張っていないだろうか、と少し心配したが、自分の顔がカメラに抜かれるのはせいぜい1、2回で、主役ではない。それより、翔平の思いがしっかりと伝わるように全力を尽くそう、と気持ちを切り替えた。

「さて、いかがだったでしょうか? 現役復帰への準備、じっくりと密着させていただきました。4年のブランクを埋める、というのは大変ですよね?」

 VTR後、結菜はできるだけ自然なトーンで訊いた。

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