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打倒・江川卓に燃えた日々を名将・渡辺元智が振り返る 「小細工なしで戦ったからこそ、選抜で初優勝できたのかもしれない」

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

元横浜高の名将・名参謀が語る江川卓と松坂大輔(後編)

 1972年秋の関東大会決勝は、6対0で作新学院が横浜を下し優勝を飾った。作新のエース・江川卓は4安打完封、16奪三振の快投を演じた。だがこの頃、江川が16三振を奪ったくらいでは誰も驚かなくなっていた。

「前日飛ばしすぎたので、抑え気味にいきました」

 試合後の江川のコメントを見ると、本人なりに自重して答えているのだろうが、これだけの結果を前にすると、どこか人を食ったようにも響く。江川が「今日は調子がいい」と感じた時には、人智を超えた化け物じみた記録が生まれてしまうということなのか。その恐ろしさに戦慄すら覚える。

横浜高を全国屈指の強豪校へと育て上げた元監督の渡辺元智氏(写真・左)と元部長の小倉清一郎氏 photo by Ohtomo Yoshiyuki横浜高を全国屈指の強豪校へと育て上げた元監督の渡辺元智氏(写真・左)と元部長の小倉清一郎氏 photo by Ohtomo Yoshiyukiこの記事に関連する写真を見る

【対策など存在しなかった】

 横浜の監督である渡辺元智は、1998年に春夏連覇を達成した時のエースである松坂大輔と江川についてこう語る。

「松坂なんて、高校2年の明治神宮大会でようやく名前が知られ始めたくらいでしたが、江川は1年生の夏からすでに別格で、選手より先に『とんでもない投手がいる』という噂が耳に入ってきました。

 松坂ももちろんすごかったですが、高校時代の江川はそのさらに上をいく別次元のすごさでした。松坂もキレはありましたが、江川のボールは低めからグィーンとホップしてくる。タイミングが合わないし、バットにかすらない。試合中に対策なんてできなかったです」

 物理的にホップするボールなど存在しない。それでも江川のボールを見た者は口を揃えて「ホップしている」と言う。渡辺も当時の記憶が蘇ったのか、少し興奮気味に苦笑いを交えながら語り始めた。

「ホップするボールっていうのは、回転数が多い分、球質自体は少し軽くて、当たれば飛んだんじゃないですか......当たれば、ですけどね。それに、縦に鋭くブレーキがかかって落ちるカーブもすごかったですよ。昔でいうドロップですね。

 今ならバッティングマシンを150キロにセットしてガンガン打たせればいいんでしょうけど、当時はそんなものないですから。私自身、野球の知識が豊富だったわけでもないですし、走らせようにもランナーが出ないんですから、どうしようもなかったですよ」

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著者プロフィール

  • 松永多佳倫

    松永多佳倫 (まつなが・たかりん)

    1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。

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