打倒・江川卓に燃えた日々を名将・渡辺元智が振り返る 「小細工なしで戦ったからこそ、選抜で初優勝できたのかもしれない」 (3ページ目)
アメリカンノックで徹底的に足腰を鍛え上げ、フィールディングや牽制といった技術を細部まで指導し、松坂を"平成の怪物"へと育て上げた小倉でさえ、半ば呆れたような表情でこう語った。
「あれほどの球を持っていたら、低めのコントロールも、シンカーもスライダーも必要ないでしょう。今の時代に投げても、奪三振数は変わらないと思いますよ。松坂はいくら三振が取れるといっても、ある程度強いチームが相手なら10個も取れないことがある。でも江川なら、平均して15、6個は取りますから。文句なしに歴代ナンバーワンです。選抜の時は、ほとんど練習していないって聞いていましたから、本当の実力ではなかったのでしょう」
それでも春の選抜で、江川は4試合通算60奪三振の記録をつくった。この記録は今も破られていない。
続けて小倉は、こう語った。
「ただ、高校での練習量は松坂の半分もやっていなかったでしょうね。もし私の全盛期、まあ50歳くらいの頃に、高校時代の江川を指導できていたら、もっとすごい投手になっていたと思いますよ。松坂を鍛えたような練習をやらせていたら......。まあ江川は、天才なんで練習しなくてもあれだけのものになったんでしょうから。モノが違いますね、ありゃ別格です」
小倉は、高校時代の江川を自分の手で育てることができなかったことを、心底惜しく思っていた。大学、そしてプロでの江川の投球を見ながら、その天賦の才能が無駄に枯れていくようにも感じられ、苛立ちと寂しさが入り混じった思いを抱かずにはいられなかった。
本当に小倉が高校時代の江川を指導していたなら──。それは高校野球だけでなく、日本のプロ野球史そのものをも大きく変えていたかもしれない。たとえ小倉でなくとも、誰かが外野からの余計な圧に屈することなく、計画的に3年間みっちりと鍛え上げていれば......。この時ほど、"たられば"を強く思ったことはなかった。
令和に蘇る怪物・江川卓の真実。
光と影に彩られた軌跡をたどる評伝が刊行!!
『怪物 江川卓伝』 (著・松永多佳倫)
2025年11月26日(水)発売
作新学院高校時代から「怪物」と称され、法政大学での活躍、そして世紀のドラフト騒動「空白の一日」を経て巨人入り。つねに野球界の話題の中心にいて、短くも濃密なキャリアを送った江川卓。その圧倒的なピッチングは、彼自身だけでなく、共に戦った仲間や対峙したライバルたちの人生までも変えていった。昭和から令和へと受け継がれる"江川神話"の実像に迫る!

内容
はじめに
第一章 高校・大学・アメリカ留学編 1971〜1978年
伝説のはじまり/遠い聖地/怪物覚醒/甲子園デビュー/魂のエース・佃正樹の生涯/不協和音/最強の控え投手/江川からホームランを打った男/雨中の死闘/江川に勝った男/神宮デビュー/理不尽なしごき/黄金時代到来/有終の美/空白の一日
第二章 プロ野球編 1979〜1987年
証言者:新浦壽夫/髙代延博/掛布雅之/遠藤一彦/豊田誠佑/広岡達朗/中尾孝義/小早川毅彦/中畑清/西本聖/江夏豊
おわりに
著者プロフィール
松永多佳倫 (まつなが・たかりん)
1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。
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