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【WBC 2026】監督よりも長く侍ジャパンを見てきた男 村田善則が15年で積み上げた勝つための思考

  • 石田雄太●文 text by Yuta Ishida

 侍ジャパンにその名を連ねてもう15年になる。

 スコアラーとして、バッテリーコーチとして、山本浩二、小久保裕紀、稲葉篤紀、栗山英樹、そして井端弘和と、これまで5人の日本代表の監督に寄り添ってきた。プレミア12、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、オリンピックとあらゆる野球の国際大会に欠かせない存在──それが村田善則だ。

侍ジャパン・井端弘和監督(右)の指示を聞く村田善則コーチ(左) photo by Getty Images侍ジャパン・井端弘和監督(右)の指示を聞く村田善則コーチ(左) photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る

【データの先に感性がある】

「2012年、山本浩二さんが監督を務めていた時からなので、日本代表チームに関わるのは15年目になります。侍ジャパンがその都度、チームとして集まった時、何から手をつけるのかというところは自分のなかに明確なノウハウがあるので、そこは続けてきたことのメリットなのかなと思います。

 経験があればゼロからのスタートではなくなりますから、ミーティングでもコーチという立場を超えた発言をすることもありました。ただ、僕は稲葉さんとは同じチームになったことがないし、栗山さんとはほぼ会話もしたことがなかったので、なぜ僕に声をかけてくれたのか、そこは正直、わからないんですよね(苦笑)」

 侍ジャパンでもNPBの12球団でも、この国の野球界は総じて監督があまりに偉すぎる。だから監督が代わると前の体制が一掃されて、受け継ぐべきチームのカルチャーも消えてしまうことは珍しくない。

 最近は、遅まきながら日本にもGM制が敷かれるようになり、チームづくりの幹を継承しようという風潮も出てきた。侍ジャパンも然りで、以前はせっかく経験した勝つためのノウハウが、監督が代わるたびに分断されていた時代があった。

 しかし井端監督が栗山前監督に頻繁に電話をして相談するなど、侍ジャパンの遺伝子はきちんと受け継がれるようになってきた。そのうちの重要な一端を担っているのが村田であることは、疑う余地がない。国際試合とはそれほど独特な戦い方を必要とするのだろうか。村田はこう話す。

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著者プロフィール

  • 石田雄太

    石田雄太 (いしだゆうた)

    1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大卒業後、NHKに入局し、「サンデースポーツ」などのディレクターを努める。1992年にNHKを退職し独立。『Number』『web Sportiva』を中心とした執筆活動とともに、スポーツ番組の構成・演出も行なっている。『桑田真澄 ピッチャーズバイブル』(集英社)『イチローイズム』(集英社)『大谷翔平 野球翔年Ⅰ日本編 2013-2018』(文藝春秋)など著者多数。

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