「いつもの感じで投げていいですか?」 豪雨のブルペンで東浜巨が見せた大物感と、手のひらの骨がきしむほどの剛球
流しのブルペンキャッチャー回顧録
第9回 東浜巨(ソフトバンク)
あの土砂降りのなかでの"捕球"は、きっと一生忘れないだろう。それくらい、今でもはっきりと覚えている。
沖縄尚学高の東浜巨(なお)が3年生になる直前の2008年2月、私は沖縄へと向かった。ちょうどプロ野球の春季キャンプが行なわれている時期だった。
めったに訪れることのない沖縄である。この際、プロ野球キャンプも時間の許すかぎり取材し、原稿の題材にしたい。そしてなにより、野球をもっと深く学びたいという好奇心が、胸の奥からふつふつと湧き上がっていた。
プロ野球のキャンプは、宜野湾の横浜(現・DeNA)と浦添のヤクルトを訪れた。ブルペンでは捕手に最も近い位置に陣取り、工藤公康や寺原隼人ら一流投手たちのボールをこの目にしっかりと焼きつけた。
そして、次に向かったのが沖縄尚学だった。この2カ月後に選抜優勝投手となる東浜のボールを受けることになるのだが、プロのスピードに目を慣らしておけば、そんなに驚くこともないんじゃないか......"決戦(ボールを受ける日)"の前は、こっちだっていろいろ考えるものだ。今の球児たちがよく口にする「最高の準備」というやつである。
沖縄尚学時代の2008年春の選抜大会で優勝した東浜巨 photo by Katsuro Okazawaこの記事に関連する写真を見る
【嵐のなかでも動じない大物感】
東浜と相対した日は、朝から激しい雨に見舞われた。熱帯特有のスコールというやつだろう。今でいう「ゲリラ豪雨」に近い。360度、見渡すかぎりが雨の幕に覆われ、南国の鮮やかな景色はすっかり白く霞んでいた。
これはさすがに無理だろう......そんな空気が漂うなか、比嘉公也監督から届いたメッセージは、「屋根付きブルペンなのでやれます。お願いします!」だった。
こうなれば腹をくくるしかない。選手寮からほど近いブルペンまで歩いただけで、ユニフォームのズボンもスパイクもずぶ濡れになった。その上からプロテクターとレガースを身につけ、捕手の位置に立った。
レギュラーキャッチャーで、東浜の1学年後輩の嶺井博希(現・ソフトバンク)が付き添ってくれた。
「ボール濡れますから、自分が拭きます」
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著者プロフィール
安倍昌彦 (あべ・まさひこ)
1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。




























