錦織圭のアドバイスで待望のトップ100入り 内山靖崇「もらったメッセージは、悩んだ時に元気が出るおまじない」
錦織圭という奇跡【第39回】
内山靖崇の視点(3)
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◆08伊藤竜馬の視点>> ◆09喜多文明の視点>> ◆10中尾公一の視点>>
◆11富田玄輝の視点>>
◆内山靖崇の視点(1)>>「フォアハンドのスイングスピードが速すぎて......」
◆内山靖崇の視点(2)>>ダブルスを組んで「やっぱ、すごいなこの人」
「僕と圭くんの一番の接点は、ゲームだったんですよ」
20年ほど前の日を思い返し、内山靖崇は少年のように、はにかんだ笑みを浮かべた。
錦織圭が13歳で米国フロリダ州のIMGアカデミーに渡り、弱肉強食の世界で腕を磨いたというのは、多くの人が知る『錦織圭物語』の重要なエピソードだ。
ただ、少年時代にIMGアカデミーにテニス留学したのは、錦織だけではない。シングルス78位、ダブルスでも102位に達した内山も、錦織の足跡を辿るように2年遅れて海を渡った。
2019年のジャパンオープンでベスト8進出を果たした内山靖崇氏 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 内山がフロリダに着いた当時、2歳半年長の錦織はすでにIMGアカデミー内でもトップジュニアグループに属していた。だから同じ場所にいながらも、練習や出場する大会も別。顔を合わせる機会は、実はそれほど多くなかったという。
また、ふたりとも口数が多いほうではなかったため、すぐに打ち解けたわけでもなかったそうだ。内山が錦織に向ける「ものすごい人」という敬意の目も、ある種の距離感を生む要因だったのかもしれない。
そんなふたりを結びつけたのが、ビデオゲーム。
「あの頃は、僕が圭くんの部屋に遊びにいって、よく一緒にゲームをしていました。寮の部屋は別々でしたが、敷地内での移動は認められていたので、遊びに行けたんです。
当時は、ポータブルのゲーム機をふたりとも持っていたので、部屋で通信対戦することが多かったですね。圭くんはたしかゲーム本体もいくつか持っていたので、テレビにつなげてやることもあったのかな」
練習が休みの週末などに、部屋に集まり楽しんだ対戦ゲーム。そんな時、主に勝つのはどちらだったのか?
「圭くんです。どのゲームも、とにかくうまいんですよ」
内山が即答する。
「特に『マリオカート』が強すぎて、全然勝てないんですよ。圭くんは、やり込み方がやばくって。たとえば『マリオカート』だと、最短距離のコース取りなどをずっと練習しているんです。
使うキャラクターも、王道じゃない印象がありますね。たとえばテレサとかキノピオなど、クセが強くて一般的には操作しづらいキャラを使う。マリオみたいなバランスがいいキャラは選ばないんですよ。
僕は野球が好きなので、『パワプロ(実況パワフルプロ野球)』だけは負けなかったです。でも、それ以外は全然勝てない。僕は、ゲームをやる時は攻略本なども見ないし、なんとなく感覚でやるほう。でも圭くんは、好きになったゲームはとことん突き詰めるタイプでした」
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。














