【夏の甲子園2026】投手分業、DH制が当たり前の時代に「打って、投げて、走る」 鳴門渦潮・西村大輝という"絶滅危惧種"
投手の分業制が進む高校野球において、鳴門渦潮(徳島)のエースで3番を打つ西村大輝は、"絶滅危惧種"とも言える存在だ。
徳島大会では全5試合に先発し、マウンドを譲ったのは、わずか1イニングだけ。それも、投球制限を意識した末の苦肉の策だった。
徳島大会もほぼひとりで投げ抜いた鳴門渦潮・西村大輝 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【延長10回、128球を投げ抜き勝利】
徳島大会決勝の阿南光戦で、その1イニングを任された2年生右腕・有馬凜人はこう語る。
「まだ投球数的には余裕があったんですけど、万が一のことがあったらいけないので、7回、8回を投げる予定でした。でも、2点取られたのですぐに交代しました。甲子園のブルペンでも投げたかったんですけど、投球練習すること自体が西村さんに失礼な気がして......。今日はブルペンには行きませんでした」
西村は、徳島大会5試合で計44イニングを投げている。これは49代表校の投手のなかで最多だ。つまり、この大会で最もタフな投手と言ってもいいだろう。ちなみに、甲子園出場49代表校のうち地方大会でDH(指名打者)制を使わなかったのは、鳴門渦潮だけである。
驚くべきは、西村がマウンドだけでなく、3番打者としてもチームを牽引していることだ。徳島大会では打率.368という好成績を残した。
西東京大会を制し、甲子園初出場を決めた八王子実践との1回戦。西村は140キロを超すストレートとキレのいいスライダーを武器に、淡々とアウトを重ねていった。8回までに許したヒットはわずか3本。100球未満で完封する"マダックス"も視野に入る快投だった。
8回裏の攻撃では、西村はフォアボールで出塁すると、次打者もフォアボールを選び、二塁へ進んだ。つづく5番打者がライトフライに倒れてチェンジとなったが、西村は三塁を回ってからベンチに戻っていった。
9回表のマウンドに上がるまで、ひと息入れてもおかしくない。猛暑の甲子園では、汗を拭いたり、水分を補給したりすることが推奨されている。ところが、西村はベンチに戻ってから30秒ほどで再びグラウンドへ。すぐさまマウンドに上がり、投球練習を始めた。ほかの野手がまだ守備位置についていないにもかかわらず、である。
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著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長





















