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初のプロリーグに参戦した吉田知那美が思い描くカーリングの未来「新たな動きが起こっている実感がある」

  • 竹田聡一郎●取材・構成 text by Soichiro Takeda

吉田知那美インタビュー(前編)

2016年世界選手権準優勝をはじめ、2018年平昌五輪銅メダル、2022年北京五輪銀メダル、そして2023年に初のグランドスラム(Canadian Open)制覇。ロコ・ソラーレは多くの「日本カーリング史上初」を成し遂げ、日本カーリング界の"アイドル"であり、重要な"アイコン"としての地位を築いてきた。そんなチームの中核を担ってきた吉田知那美がこの春、そこから離れる決断をした。ロコ・ソラーレを去った今、どんな思いなのか。今後の自身のキャリアをどう描いているのか。さらには、カーリング界の現在、未来について存分に語ってもらった――。

photo by Goh Fujimakiphoto by Goh Fujimakiこの記事に関連する写真を見る――この春、2014年6月に加入して以来12年間所属していたロコ・ソラーレを離れて、フリーのカーラーとなりました。寂しさなどはありますか。

吉田知那美(以下、吉田)チームを離れること自体は、2年ぐらい前から自分のなかで考えていたことなので、寂しさを抱えていたのはもう少し前ですね。(そこから)気持ちの整理は徐々についていったのですが、今でもお仕事などでご挨拶するときに「ロコ・ソラーレの吉田知那美です」と言いそうになります。

 実際に(チームを)離れてみてわかったのは、「自分が思っていた以上に、私ってロコ・ソラーレの人だったんだな」という感覚でしょうか。12年という時間の長さがそうさせるのかもしれませんが、想像以上にチームを離れることに多くの人が反応してくれましたし、何よりもロコ・ソラーレを知ってくれて、そのなかで吉田知那美がいたことをしっかり記憶してくれたのは、うれしくも、誇らしくもあり、不思議な感じがしました。

――ロコ・ソラーレで過ごしたラストシーズン(2025-26シーズン)は、山あり、谷ありの1年だったと思います。9月には五輪代表決定戦で惜敗し、ライバルであるフォルティウスが代表の座を獲得。フォルティウスは世界最終予選を突破して、ミラノ・コルティナ五輪出場を決めました。吉田選手にとって、外から見るオリンピックは2010年バンクーバー五輪以来のこととなりました。

吉田 あらためて「私って、こんなにオリンピックが好きだったんだ」と知りました。夏のオリンピックも好きなんですけど、冬のほうが知り合いや友人が多く出場していて、その姿を画面いっぱいに見られるのがうれしかったです。冬季競技は(メディアなどに)露出する機会も少ないですから、選手がそれぞれの4年間をどう過ごしてきたか、(映像で)紹介してくれるのもありがたかったです。

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