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【箱根駅伝 名ランナー列伝】大津顕杜 東洋大黄金期を支えた「いぶし銀」の存在 最後は同期の設楽兄弟も受賞できなかった金栗杯に輝く

  • 酒井政人●取材・文 text by Masato Sakai

4年時には10区区間賞で総合優勝のゴールテープを切った東洋大・大津顕杜 photo by アフロスポーツ4年時には10区区間賞で総合優勝のゴールテープを切った東洋大・大津顕杜 photo by アフロスポーツ

箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡
連載20:大津顕杜(東洋大/2012〜2014年)

いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離217.1kmを各校10人のランナーがつなぐタスキリレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。

すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる本連載。第20回は、東洋大の2回の総合優勝に貢献した大津顕杜を紹介する。

連載・箱根駅伝名ランナー列伝リスト

【同期の「最速ツインズ」を追いかけて成長】

 在籍した4年間、東洋大はすべて総合2位以内。自身が出場した3大会では、2度の総合優勝を経験した。箱根駅伝で輝きを放った東洋大で、「いぶし銀」の活躍を見せたのが大津顕杜だ。

 熊本・千原台高を卒業後、「一番強い大学に入って、自分の力を試したい」と、箱根駅伝の「新王者」となった東洋大に入学。2学年上には「山の神」と呼ばれた柏原竜二、同学年には設楽兄弟(啓太、悠太)らがいた。

 1年時は箱根駅伝(2011年)の登録メンバーに選ばれたが、出番はめぐってこなかった。

「(箱根を走れる)10番目までとはかなり差があって、チームは総合2位。出場した啓太と悠太がレース後に泣いている姿を見て、すごく情けなかった。あいつらだけに頼っていてはダメだと感じました」

 大津は、同学年の「最速ツインズ」を追いかけながら強くなっていく。

 2年時の箱根駅伝は8区に出場し、区間歴代2位(当時)の1時間04分12秒で走破。区間賞を獲得すると、チームは10時間51分36秒の大会新記録で、2年ぶり3回目の総合優勝に輝いた。

「自分でも最高のパフォーマンスができたかなと思います。区間記録まであと7秒でしたけど、どこをけずればいいのかわからない。けずるところがないような21.5km(当時)でした。また、チームは大会新記録で優勝できて、歴史的な記録を出したメンバーに自分が入れたことも、すごくうれしかったですね」

 3年時は、主軸としてチームを引っ張った。5月の関東インカレ男子1部ハーフマラソンで4位に入るなど台頭し、実力を発揮。出雲駅伝では最終6区(区間6位)を任されたが、箱根駅伝に向けては調子を上げることができなかったという。

「2年連続の8区ということで、区間記録も意識していました。日体大を追いかける展開となり、自分のところで一気に差を縮めるつもりでいたんです。でも、自分の体感よりもペースが遅くて、前との差を詰めることができませんでした。

 僕が設定どおりに走れていれば展開は変わっていたと思うので、責任を感じましたね。自分の力のなさを痛感しましたし、箱根路に『落とし物』をしたような気持ちでした」

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