【箱根駅伝 名ランナー列伝】大津顕杜 東洋大黄金期を支えた「いぶし銀」の存在 最後は同期の設楽兄弟も受賞できなかった金栗杯に輝く (2ページ目)
【悔しさをぶつけた10区区間賞&2年ぶりの総合優勝】
最終学年は、春に10000mで28分39秒54の自己ベストを出したものの、シーズンを通して調子が上がらなかった。出雲駅伝ではメンバーに入ることができず、全日本大学駅伝は5区で区間3位。箱根駅伝ではレギュラー争いに苦労したという。
「チームは10番手のレベルが上がり、メンバー争いが激しくなっていました。当初は9区を予定されていたんですけど、それが10区になり、最後はメンバー落ちの危機まで味わいました。10区を走ることが最終決定したときは、まずメンバーに入れたことにホッとしました」
復路のエース区間からアンカーへ。大津は「悔しい気持ち」を抱えていたという。後続に3分以上のリードをつけた状況で、上村和生から鉄紺のタスキを受け取ると、攻めの走りを披露した。
「10区を走るからには最低でも区間賞だと思っていましたし、区間記録も意識していました。大量リードでつないできてくれたので、酒井俊幸監督から『1km3分ペースでいいぞ』と言われましたが、後輩たちが作った貯金は1秒も使えない。最初の1kmを2分49秒くらいで入ったので、無理にペースを落とすことなく、そのまま行きました」
トップを走る大津は、区間記録を狙えるペースで突っ走り、後続との差をぐんぐん広げていく。終盤はペースダウンしたが、大手町では「最高の瞬間」が待っていた。同学年の設楽兄弟、後輩の服部兄弟(勇馬、弾馬)らがつないできた鉄紺のタスキを、最初に仲間たちのもとへ届けたのだ。
「優勝のゴールは最高に気持ちよかったです! 東洋大は(出雲、全日本含む)学生駅伝で5大会連続2位を経ての箱根Vでした。思い返すと、自分が3年生のときにアンカーを任された出雲から『2位』が始まったので、それを自分で終わらせることができてよかったです。2年時は強烈なリーダーシップを持った4年生に引っ張ってもらっての優勝でした。
今回は最上級生として自分たちが引っ張ってきたという自負があるので、ひと味違った優勝になりましたね」
大津は10区の区間記録まで9秒差に迫る区間歴代3位(当時)の1時間09分08秒で区間賞を獲得。チームの復路新記録(5時間25分38秒)に貢献すると、東洋大は4回目の総合優勝を成し遂げた。
大津は区間2位に1分22秒差をつけ、設楽兄弟も手にすることができなかった金栗四三杯に輝いた。
●Profile
大津顕杜(おおつ・けんと)/1991年12月7日生まれ、熊本県出身。市立千原台高(熊本)―東洋大―トヨタ自動車九州―サンベルクス―中央発條。高校3年時はインターハイ5000m、全国高校駅伝に出場。箱根駅伝には2年時から3年連続出場を果たし、2年時は8区、4年時は10区で区間賞を獲得し、それぞれチームの総合優勝に貢献した。卒業後は実業団で現役生活を継続し、2026年3月の東京マラソンを区切りに引退。2026年4月に立教大学男子駅伝チームのコーチに就任した。
【箱根駅伝成績】
2012年(2年)8区1位・1時間04分12秒
2013年(3年)8区7位・1時間07分24秒
2014年(4年)10区1位・1時間09分08秒
2 / 2


