小説『アイスリンクの導き』第16話 「師弟」

『氷上のフェニックス』(小宮良之:著/KADOKAWA)の続編、連載第16

 岡山で生まれた星野翔平が、幼馴染の福山凌太と切磋琢磨しながら、さまざまな人と出会い、フィギュアスケートを通して成長する物語。恩師である波多野ゆかりとの出会いと別れ、そして膝のケガで追い込まれながら、悲しみもつらさも乗り越えてリンクに立った先にあるものとは――。

 今回の小説連載では、主人公である星野がすでに現役引退後の日々を送っている。膝のケガでリンクを去る決意をしたわけだが、実はくすぶる思いを抱えていた。幼馴染の凌太や橋本結菜と再会する中、心に湧きあがってきた思い...。

「氷の導きがあらんことを」

 再び動き出す、ひとりのフィギュアスケーターの軌跡を辿る。
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第16話 師弟

 福山凌太は、胸騒ぎを覚えていた。

「第3グループがまもなく終わります」

 係員が第4グループの選手たちを呼びに来た。星野翔平が体を揺らしながら、リンクサイドに出て行った。そこに三浦富美也の姿がない。そう言えば、外やアップルームでも会わなかった。

 6分間練習、遅れてやってきた富美也が最後にリンクに入っていく。6人の選手が全員集まって、会場はすでにボルテージが高まっていた。翔平の現役復活、陸、富美也と3人の五輪王者の登場で、沸き起こる拍手は両選手のファンが競い合うようだ。
 
〈五輪王者対決〉

 マスコミも煽っていた。

 凌太はその盛り上がりの中で、小さな異変に気づいていた。
 
 富美也は顔面蒼白で、体のバランスも悪い。4年間、コーチを務めたからこそわかるが、いつもとまるで違った。数十分前に会話を交わし、体調は悪いようには見えず、普段と変わらなかった。ということは、アップ中に筋肉のどこかを痛めたのだろう。右足を少し引きずっているようだった。
 
 凌太は、富美也の6分間練習を見つめた。本来は翔平の滑りを確認すべきだったが、目が離せない。富美也のような選手は、ケガを隠してもリンクに立つ。ケガをしたこと自体、恥だと感じるし、それで負けるなんて許せない。ロシア人コーチはいつもと同じように手を叩いて、闘争心を煽っている。もしかすると、ケガの事実も把握してないのかもしれない。
 
 気がつけば、6分間練習が終わっていた。
 
「氷の状態、悪くないよ。常設リンクだから、温度が安定している。ただ、朝の練習の時よりは溶けている感じがあるから......」

 翔平が言った。滑るイメージを作っているのだ。

 凌太は富美也のことが気になって、上の空になりながら、言葉を探して返した。

「どんな氷でも、翔平は適応できる。この中に、お前ほど場数を踏んでいる選手はおらん」

「それより、富美也はどうかした?」

 翔平は言った。

「気づいたか」

「ああ、だって、ほとんどジャンプ跳んでないし。顔色も悪かった」

「推測じゃが、ケガじゃと思う。たぶん、アップで。それしか考えられん」

 富美也はロシア人コーチに、何か英語で捲し立てられていた。緊急事態を共有していないのだろう。選手だけが追い込まれているのが歴然だった。凌太は何か声を掛けたかったが、それで解決することはない。そもそも、今は彼のコーチではないのだ。

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プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。

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