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小説『アイスリンクの導き』第16話 「師弟」 (2ページ目)

 バックヤードのモニターの前で、凌太は富美也の演技を見つめた。曲が始まると不調に見えたのが間違いだったかのように滑り、4回転ループ、4回転フリップ+3回転トーループを成功。スピードも上がった。自分の取り越し苦労だったのかもしれない。そう思った瞬間だった。4回転ルッツでしっかり回った後、軸も作れていたにもかかわらず、着氷と同時に右足に力が入らずに崩れ落ちた。したたかに右肩も打っていた。

「きゃあ」

 どよめきというよりも、悲鳴の塊が会場全体から隆起したようだった。

 富美也は、どうにか立ち上がって演技を続けようとしたが、膝から崩れ落ちていった。それでも這うように立ち上がりかけ、今度はひっくり返ってしまう。モニターはその表情をアップに映していた。手負いの虎のような目つきだった。動かない体を気力だけで立て直そうとし、再び崩れ落ちた。四つん這いになったまま動くことができない。

 こんなに悲しい曲の終わり方があるだろうか。
 
 関係者が一斉に、富美也の近くに駆け寄って抱き起こし、リンクの外へ出した。肩を抱えられながら、バックヤードに向かう。キスアンドクライに座るのを拒否したのは棄権に相当したからだろう。フリーに挑める状況ではないのは明白だった。

「富美也、お前らしかったぞ」

 通路で待っていた凌太は、アシスタントのコーチに抱えられた富美也に向かってそう声を掛けた。

「はっ?」

 富美也は足を引きずりながら、怒りの反応を示した。

「あそこまで、必死に演技できるやつはいない」

「こんな時に、何言っているんですか? 無様な姿をさらしてきたところなのに。負けた俺を笑いたいんですか? 自分が捨てたから弱くなったって」

 富美也はふてくされたように言った。

「いや、お前はいつだって、実は『スケートが好き』っていう覇気を出しているけど、今日は特別だった」

「何度言わせるんですか? 俺は勝ちたいだけで、勝てなかったら、意味ないです。弱いだけ、くそっすよ。『スケートが好き』なんて、甘ちゃんたちの御託でしょう」

「勝ちたいだけで、あれだけのたうち回れないもんだ」

 富美也は、それには答えなかった。肩を貸していたアシスタントコーチが、二人だけの世界に置き去りにされていたが、この隙に医務室へ連れて行こうとした。

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