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小説『アイスリンクの導き』第14話 「戦友」 (5ページ目)

「発売日、1週間に1度の人生の楽しみなんです。特集もそうですが、コラムも面白いです。自分たちの世代の人間が楽しめるものを、考え抜いて作ってくれているなって感謝しています。編集部はみなさん、あなたのように若い方ばかりなのに」

「いや、僕は何も」

 土方はなんと返したらいいのか、ばつの悪さを感じた。反発していた編集長の言葉の数々を思い出す。納得したわけではないが、さっきとは少し違う響きだった。 

「すみません、お邪魔して。お仕事、頑張ってください」

 警備員は、土方がそれ以上何も言わなかったので、そう言って頭を下げながら出て行った。

 土方は、呆然としていた。目の前に山積みになっている雑誌が、そんな風に読まれているのを忘れていたのだ。すぐそばに読者はいた。

「また、昭和大女優ヌードの企画でもするか」

 すっかり冷めたコーヒーを飲みながら、土方は一人呟いた。

 思い起こすと、読者の反応は悪くなかった。高齢者向けの雑誌だからか、逆に今でもお礼のハガキが毎号のように届く。このネット時代に驚きである。達筆で内容を激しく非難するものもあるのだが、一方で心を込めた称賛のメッセージもあって、それは「やっていてよかった」という気持ちにさせられた。ただ、最近はハガキアンケートも読まなくなっていた。

〈自分たちが届けた一冊が、誰かの役に立っているなら、それは幸せなことではないか〉

 土方は胸に熱さを感じる。翔平がたくさんの人を幸せにしているのに比べたら、ちっぽけなものだが、確実に届いていたのだ。
 
「手を抜かず、最後までやったるわい」

 土方はPCのモニターに向かって小さく言って、もう一度、原稿を見直すことにした。これで救われる人がいるのかもしれない。そう考えて、気持ちを引き締めた。

「できたか? 土方」

 そこで、ほろ酔いで帰ってきた編集長の大声が聞こえた。

「今、やっています。さっき、一度送ったんですが、あれ、なしでお願いします。ちょっと見直したいところがあったんで」

 土方は答えた。

「ほうか」

 編集長はそれだけ言って、椅子に座ってからゲップを出し、しばらくすると軽くいびきをかいた。
 
 土方は丁寧にいくつか文字を打ち換えていった。より伝わりやすい言葉を選び、推敲していく。これが伝わるかどうか、なんて正直わからない。たぶん、意味はないだろう。しかし必死に伝えようとする努力は、いつだって何かにつながるはずだ。
 
「翔平、わいも戦っとるで。負けへん、お前が負けへんように、俺も負けへん。氷の導きがあらんことを」

 土方は、いつか翔平から教わった呪文を唱えた。

 日付が変わって午前2時、翔平が戻ってきた全日本の開幕の日である。 

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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