【高校野球】吉見一起と紡いだ絆 監督と築いた奇跡 金光大阪の名物部長43年の "最大のタイムリーヒット"とは? (4ページ目)
あと一歩のところで思いは叶わなかったが、それでもこの結果もまた、泥臭い戦いを身上とし、汗と涙がひときわ似合う金光大阪を長年支えてきたベテラン部長のラストにふさわしいものだったと言えるだろう。
【部長退任後にやりたいこと】
それから数カ月。ひとつの節目を前に、櫻井はしみじみと40年余りの歳月を振り返った。
「昔、うまいことを言う校長がいましてね。『生きがいをお金に変えてはいけません』って。今ならそんなことを言うと叩かれるのかもしれませんが、あの頃は、1カ月の給料のなかに教員として、また野球の指導者としてのやりがいや生きがいも含まれていると思ってやっていました。
いい時期に教員をさせてもらい、野球部にも関わらせてもらって、いいタイミングで区切りを迎えることができた。中学生の頃に『将来は体育の先生になりたい』と思ったのが始まりですから、今になって、いい職業を目指したなと、つくづく感じています」
今春で退任するという話が伝わり始めると、教え子や関係者からの連絡が相次いだという。これからは、教え子や仲間たちとともに、40年余りの思い出を振り返りながら、穏やかで楽しい時間を過ごしていくのだろう。
「4月からは時間もできますから、これまでお世話になった学校や横井監督に、ボランティアという形で恩返しをするのがひとつの役目かなと思っています。あとは、土日も夏休みもなく家のことを任せきりだった妻への恩返しですね。ここを一番頑張らないといけません」
ここでもまた優しい笑みを浮かべ、いよいよひとつの区切りの時を迎える。選抜決勝が行なわれる3月31日、思い出の詰まったグラウンドで、部長として最後の務めを果たす。
著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。
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