由規が語る、最初で最後となった台湾の一軍マウンドとこれから「野球を辞める理由がないんです。まだうまくなっていますから」 (6ページ目)

  • 阿佐智●文・写真 text & photo by Asa Satoshi

【純粋に楽しかった】

 試合翌日、再び桃園球場を訪ねた。登録を外れた由規だったが、昼過ぎにはこの日のナイトゲームに備える同僚と同じように球場入り。そこで前日の試合を振り返ってもらった。まずは最初のエラーについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「それも野球ですから。あれでそのあとのピッチングがどうのということはありません。たしかに最初は力んでコントロールが乱れたことはありましたが、あのエラーでっていうことはないですよ」

 続けて、由規は笑ってこう言った。

「試合後、育賢と飯食いに行ったんですよ。彼とはもともと仲いいんですよ。奢ってくれました。食事中もずっと謝りぱなしでした」

 その席には夫人も同席していたという。あの夜のスタンドには夫人とその両親の姿があった。降板時に見せた笑顔といい、私には由規があのマウンドになにか重大な決意をもって臨んでいたように感じた。

「なんでしょうね。笑顔は純粋に楽しかったからでしょうね。一軍で投げずに終わるのかという状況だったんで、結果はともかく、投げられたという充実感でしょうね。嫁さんが来たのはたまたまですよ。一軍登板が決まる前から手配していましたから。でもまあ、8月末が期限だっていうのは、多少頭にあったとは思いますけど」

 首脳陣に聞くと、内容的には予想以上ということだったが、外国人枠を絞り、以後の入れ替えはなくなるという現実の前に、結果は誰の目にも明らかだった。そのことは本人が一番わかっていたはずだ。それを踏まえて由規は、「今後」について口を開いた。

「どうなるかはまだ決まっていないんで何も言えないですが、野球を辞めるってことは考えていません。台湾に来たことはすごくよかったと思います。いろんな人との出会いもそうだし。昨日ももちろん打たれちゃいけないんだけど、マウンドに立つ意味っていうのがわかったような気がするマウンドでした。育賢とも何年かして『あの時のエラーが......』って笑って言える日が来ると思います。それはあの場所にいた僕たちの特権でしょう」

 8月31日、楽天モンキーズは由規の退団を発表した。同球団のフェイスブックページには、彼ともうひとりリリースされた助っ人投手の写真の上に「Thank you」の文字が載せられていた。

プロフィール

  • 阿佐 智

    阿佐 智 (あさ・さとし)

    これまで190カ国を訪ね歩き、22カ国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆。国内野球についても、プロから独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌、ウェブサイトに寄稿している。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。

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