【男子バレー】東レ静岡の小野寺瑛輝が振り返る、髙橋藍世代のヤバいやつ 春高バレーで「ブロック3枚でも止まらなかった」
『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(27)
東レアローズ静岡 小野寺瑛輝 前編
東北高校時代に春高バレーに出場した小野寺 photo by アフロスポーツこの記事に関連する写真を見る
【小学校の時に東日本大震災を経験】
2025-26シーズン、東レアローズ静岡の小野寺瑛輝(24歳)は、自身がチーム3番手のセッターであることを自覚して開幕を迎えた。
「今シーズンは、"ベンチに入る"という戦いです。ベンチに入ったら、リリーフサーバーでも出場機会はある。たまに巡ってくるチャンスをモノにできるようにしなくてはいけません」
小野寺は静かな声で言う。一本のサーブにかかるプレッシャーは、本人にしかわからない。
「常に自分との対峙ですね。セッターなのでトスも上げたいですが、せっかくのサーブの機会でミスはできない。それで敵を崩せたらいいんですが......いい場面で出してもらっているだけに、"怖さが100%、『やってやるぞ』という思いも100%"みたいな感じです(笑)。いいところに打たないと、普通にパスを返されて失点につながってしまうので」
失敗=出場機会が減る。単純で冷酷な式だ。
重圧を明かした小野寺だが、纏っている空気が凪いでいるため、心中は深く探れない。そのキャラクターは、セッターという読み合いがカギを握る勝負のポジションとして適正があると言えるかもしれない。身長187cmの長身セッターは、空中で思考を巡らせ、希望のトスを託す――。
宮城県気仙沼市に生まれ育った小野寺は、小学校の時に東日本大震災を経験している。
「誰かのためにやるのが自分のバレー」
彼がそう信条を語るのは、それだけの理由があった。生まれ育った宮城県気仙沼市で東日本大震災を経験し、練習していた体育館は遺体安置所になった。祖父母の家は津波に飲み込まれ、母は病院勤めで少しも休めなかった。
1 / 3
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。



















































