【あの人は今】プロ野球引退後に40歳で教員免許取得 元ベイスターズドラ1・田中一徳がたどり着いた「教師として甲子園を目指す」という夢
田中一徳インタビュー(後編)
前編:PLの1番打者 身長166センチのドラフト1位が語る悔恨のプロ野球人生>>
元ベイスターズのドラフト1位・田中一徳氏が、現役引退後に選んだ道は意外なものだった。指導者として高校野球の現場に立ちながら、6年もの歳月をかけて教員免許を取得。「グラウンドだけでは見えない生徒たちの姿を知りたい」という思いが、その原動力だった。教師として、そして指導者として歩み続ける田中氏が語るセカンドキャリアと、甲子園を目指す現在地とは──。
現在は山口県鴻城高校の社会科教諭として教壇に立ちながら、野球部部長として選手たちの指導にあたっている田中一徳氏 写真は本人提供この記事に関連する写真を見る
【PLのつながりで指導者の道へ】
── 指導者としての第一歩は、拓大紅陵高(千葉)のコーチだったとうかがっています。どのような経緯だったのでしょうか。
田中 拓大紅陵にPL学園中出身の方がいまして、その人から声をかけていただいたんです。そういうつながりがありましたから、拓大紅陵はまったく縁もゆかりもないところではありませんでした。
── その後は福岡にある日本経済大でコーチを務められています。こちらはどのようなご縁があったのでしょうか。
田中 それもPL学園のつながりですね。PL学園高出身で、日本ハムや西武でプレーされた行沢久隆さんが、2013年から監督を務めておられました。その行沢さんから声をかけていただいたのがきっかけです。
── さらに2023年4月からは、鹿児島第一中学・高校に赴任します。
田中 ロッテ、中日などで活躍された前田幸長さんの母校である福岡第一高と鹿児島第一中学・高校は、日本経済大の系列校になります。私は系列校間の人事異動という形で、鹿児島に移りました。
── 学生野球資格の改正によって、教員免許がなくても高校野球の指導ができる時代になりました。それでも田中さんは教員免許を取得されています。指導者ではなく、あえて「教師」という立場を目指した理由を教えてください。
田中 拓大紅陵高でコーチをしていた頃、私は事務職として硬式野球部の指導に携わっていました。ただ、生徒たちと顔を合わせるのは基本的にグラウンドだけだったんです。ですから、普段どのような学校生活を送り、どんなことを考えているのかを十分に知ることができませんでした。
それなら、生徒の日常にもっと近い立場で関わりながら、グラウンドでも一緒に野球に携わりたい。そんな思いが強くなっていったんです。もちろん、指導者として甲子園に出たいという大きな目標もあります。
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著者プロフィール
飯尾哲司 (いいお・てつじ)
静岡県生まれ。『週刊ベースボール』編集部出身。野村克也氏『私の教え子ベストナイン』『リーダーとして覚えておいてほしいこと』、元横浜高野球部長・小倉清一郎氏『小倉ノート』をはじめ、書籍の企画・取材・著書多数。プロ野球現場取材歴35年。早稲田大学大学院修士課程修了。学術論文「エリートアスリートはなぜセカンドキャリアで教員を選択したのか:プロ野球選手とJリーガーの事例をもとに」(スポーツ産業学研究, Vol.33, No.1, p.63-73,2023.)




























