【あの人は今】プロ野球引退後に40歳で教員免許取得 元ベイスターズドラ1・田中一徳がたどり着いた「教師として甲子園を目指す」という夢 (2ページ目)
【6年かけて教員免許を取得】
── 教員免許を取得するまでには、かなりの時間と労力が必要だったと思います。どのような過程を経て取得されたのでしょうか。
田中 まず講習を受けて、2014年に学生野球資格を回復し、日本経済大でコーチを務めることになりました。ただ、私は高卒でしたので、日本経済大でコーチをしながら4年間かけて大学の授業も受けたんです。その後も単位の関係があり、さらに2年ほどかかりました。結果的に、教員免許を取得するまで足かけ6年。取得できたのは21年で、40歳の時でした。
── つまり、日本経済大では野球部のコーチを務めながら、ご自身も大学の授業を受けていたわけですね。
田中 空いた時間は、グラウンドと校舎を行ったり来たりする毎日でした。ただ、コロナ禍の時期もあったので、学校が閉鎖されたり、授業がZoomになったりと、思うようにいかないこともたくさんありました。今となっては、懐かしい思い出ですね。
── 教員免許は何を取得したのですか?
田中 高校の公民です。
── もしかすると、ご両親が教員だったことも影響しているのでしょうか。
田中 それはあまり関係ないですね。むしろ、両親の姿を見ていると本当に大変そうで、「自分は教員にはなりたくないな」と思っていたくらいです(笑)。
── 横浜ベイスターズ出身者には、引退後に教員免許を取得し、高校野球の指導者として活躍している方が多い印象があります。田中さんをはじめ、杉本友さん、染田賢作さん、松家卓弘さんらも高校野球の現場で指導されています。
田中 でも、彼らはみんな勉強もしっかりやって大学に進んだ選手たちですからね。杉本さんは筑波大、染田さんは同志社大、松家さんは東大です。そういう意味では、私とは少し事情が違うのかもしれません。
── 現役時代や引退後に、「将来は教員になって高校野球を指導したい」といったセカンドキャリアについて、皆さんで話をすることはあったのでしょうか。
田中 いや、それはなかったですね。杉本さんは8歳上の先輩ですし、染田投手と松家投手は1歳下ですが、在籍時期が重なっていたとはいえ、そうしたセカンドキャリアについて話をすることはありませんでした。
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