箱根駅伝初出場を目指す明治学院大学新監督・中村匠吾の背中を押した恩師3人の存在
現役中から指導者になるための準備を進めてきた明治学院大・中村匠吾監督 photo by Satoshi Wada
後編:中村匠吾監督と明治学院大の新たな挑戦
箱根駅伝初出場を目指す明治学院大の監督に就任した中村匠吾。駒澤大時代は箱根路を沸かせ、富士通では東京五輪マラソン代表にまで上り詰める活躍を見せたが、現役中から指導者になるべく準備を進めてきたという。
その目標には、自身が指導を受けてきた恩師の存在が大きな影響を及ぼしていた。
前編〉〉〉五輪ランナーから箱根指導者へ 中村匠吾が明治学院大学で切り開く新たな道
【「寄り添う」に込められた思い】
実は、現役引退後に指導者の道に進みたいという気持ちは、明治学院大から監督就任のオファーを受ける以前から中村の胸の内にずっとあった。
「2021年の東京五輪を終えたあたりから、少しずつ次のキャリアを考え始めて、指導者になりたいという思いが出てきました」
20代後半に入って、競技後の人生を考えた時に指導者を志すようになった。
「私の競技人生を振り返ると、本当に指導者に恵まれた人生だったなと思っております」
こう口にしたように、中村が指導者を志したのは、それぞれのフェーズにおける指導者の影響が大きかった。
上野工業高(三重/現・伊賀白鳳高)では、2012年に他界した町野英二先生の指導で、めきめきと力をつけて一躍全国区の選手になった。
「町野先生には競技力ももちろん、どちらかというと高校生としてどうあるべきかを教えていただいた。自主自立を掲げて、自分で考える能力を付けていただいたことが、大学に入学してから生かせたと思っています」
オリンピック選考会となった2019年のMGCで優勝した際には、「激流を流れる中の木の葉のごとく、うまくレースを進めなさい」という町野先生の言葉を胸に刻んで、レースを進め栄光を勝ち取った。
そして、駒澤大学では大八木弘明監督(現・総監督)、富士通では福嶋正総監督から指導を受けた。
「高校の町野先生、そして大学では大八木監督にしっかりと競技面で成長させてもらって、富士通では福嶋さんという本当に温かみのある方に指導していただけた。私にとって本当によかったなって思っています」
そんな中村は「当初から学生の指導に当たりたいと考えておりました」と言う。そのように気持ちが傾いたのは、当然大八木監督の影響も大きいが、箱根駅伝の存在もその理由にはあった。
「私もそうでしたが、今、日本に箱根駅伝というすごく大きな大会が存在しているのは(日本の陸上長距離界にとって)ひとつのメリットだと思っていますし、そこを目指す学生に寄り添えるのが大学の環境だと考えました」
中村は、会見のなかで「寄り添う」という言葉を繰り返し口にしていたが、自身が培ってきた経験を惜しみなく選手たちに還元するつもりだ。
「今まで経験してきた競技生活で感じたこと、そしてトップアスリートとして学んできたことを、選手に寄り添って伝えたいと思います。
私自身、いい結果がずっと続いたわけではなくて、故障の期間も長かったり、いろんな苦労もしてきました。そういったところも含めて、選手に伝えたいと思います」
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著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

