【女子バレー】河俣心海は宮部藍梨らとのポジション争いも「焦らない」 同期の活躍も励みに19歳で日本代表入り
『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(21)
ヴィクトリーナ姫路 河俣心海 前編
【中学のチームメイトと一緒に下北沢成徳へ】
ヴィクトリーナ姫路の河俣心海(19歳)には、強く脳裏に焼きついた風景がある。それは、下北沢成徳高校2年時のインターハイ予選。東京都で鎬(しのぎ)を削る共栄学園戦で、相手のミドルブロッカーを弾き飛ばすスパイクを打ち、そのボールが生き物のように飛翔して隣のコートまで飛んでいった。
「一番、気持ちよかったですね」
ヴィクトリーナ姫路のオポジットとしてプレーする河俣心海この記事に関連する写真を見る
河俣はそう言ってうっとりする。一種の自己陶酔が、彼女を特別なオポジットに進化させつつある。日本の女子バレーでは男子バレーと違って、オポジットは必ずしも攻撃に特化したポジションではない。しかし彼女の気配は、男子のそれに近い。
「バレーをしている自分が好き」
「まだ出会っていない(進化した)自分に会いたい」
「『ポジティブだね』と周りに言われます」
どの言葉も、勝負を託されるオポジットのキャラクターを濃厚に映し出している。
東京で生まれた河俣は、小学5年でバレーを始めたという。
「両親ともバレーをテレビで観るのが好きで、自分も自然に家族とバレーを観ていました。それで両親に『背が大きいんだし、やってみれば』と言われたんです。でも、最初は自分の意志で始めたわけではなかったので、楽しい思い出はないですね」
河俣はバツが悪そうに笑う。何気なく中学でもバレーを続けることにしたが、そこで転機があった。
「中学でバレーをやるのも、最初は乗り気ではなかったんです。でも結果的に、『バレーが楽しい』と思うようになりました。練習が最新のもので、ラリーとかもたくさんできて面白かったんです。それに、何より仲間たちが素敵で、一緒にいるのも、バレーするのも好きでした」
ポジションは、中学2年でミドルブロッカーからオポジットに転向している。才能を開花させて、女子バレーの名門・下北沢成徳に進学した。
「成徳って練習がきついイメージがあったので不安でした。でも、中学で一緒だったメンバーがほぼ全員入ったので、『みんなと一緒なら頑張れる』と。1年目はきつかったですけど、2、3年は自分たちがメインになって楽しかったです。同期のメンバーで戦えるのは面白かったし、周りに『すごい』と言ってもらえるのもうれしくて、『自分の同期、すごいだろ!』って思ってました(笑)」
下北沢成徳では、バレー漬けの生活を楽しんだ。
「校内合宿があるんですが、金曜日がオフなんです。家に帰れる楽しみもあるんですが。木曜の夜はテンションおかしいんですよ(笑)。『明日は休みだ!』ってみんなで騒ぐのが好きでした。夜中に体育館に行って、みんなで語り合ったり、音楽かけたり、踊ったり。合宿所では後輩が寝ているんで、抜き足差し足で戻るのが楽しかったです」
河俣は、そう言ってやんちゃな笑みを浮かべた。
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著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。



















































