天才少年・錦織圭のフォアハンドは「世界で通用する」 5歳年上・添田豪の本音は「正直、認めたくない気持ち」
錦織圭という奇跡【第41回】
添田豪の視点(1)
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添田豪が初めて「錦織圭」の名を知ったのは、「天才少年」としての噂だったという。
「圭がまだ、16歳か17歳の頃だったと思います。インターネットもあまりない時代に、日本のコーチたちが『錦織圭というすごい子がいる』と話をしていた。顔も知らなかったので、アメリカにそういう名の天才少年がいるんだな、という印象だったと思います」
2012年のジャパンオープンで対戦した添田豪氏と錦織圭 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 添田氏は、現在の国別対抗戦デビスカップ日本代表監督。4歳からテニスを始め、国内のエリートコースを歩んでいた当時の添田氏は、アメリカのIMGアカデミーを拠点とする5歳年下の少年の名を、漠然としたイメージとともに記憶に刻んでいた。
両者が出会うのは、それから間もなくのことである。添田氏がIMGアカデミーを訪れた際に、練習する機会を得た。
実際にボールを打ち、肌で感じたインパクトは、「天才少年」のイメージを上回るほどだったという。
「日本の選手でこんなにすごいボールを打つ子がいるんだ......と思って。やっぱり全然、違う。すぐに強くなるだろうな、というのは、初めて打った瞬間に肌で感じましたね」
具体的には、何がほかの日本人選手とは違ったのか──?
その問いに添田氏は、20年近く前の日の記憶を呼び覚ますように語る。
「ラリーでボールを受けながら、ボールの伸びや球質の違いを感じていました。もちろん、日本でも球威のあるショットを打つ選手はいる。ただ、圭のボール......特にフォアハンドは、独特な軌道だったんです。
あんなふうに伸びて、そこから急速に落ちるボールを打つ選手は、その当時の日本にはいなかったですね。『こういうボールを打てる選手は、どこでも勝てるんだろうな』と思った。間違いなく、世界で通用するプレーをしているなと感じました」
添田氏が、錦織の打つボールに対し「世界で通用する」と感じたのは、当時の彼自身が抱えていた葛藤を浮き彫りにしたからでもあるだろう。
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。














