検索

【アジア大会】金近廉が日本代表として描いた「恋する放物線」 男子バスケ64年ぶりの銀メダル獲得に見せた悔しさの真意とは

  • 牧野 豊●取材・文 text by Yutaka Makino

アジア大会男子バスケットで64年ぶりの銀メダル獲得に貢献した金近廉 photo by Yoshio Katoアジア大会男子バスケットで64年ぶりの銀メダル獲得に貢献した金近廉 photo by Yoshio Kato

【悔しさの向こう側にある高い目標】

「本当に優勝を目指していたので、悔しいっていう気持ちが一番最初に出てきました」

 試合終了から約1時間後に行なわれたメダルセレモニー。多くの選手が終了直後の悔しさを胸にしまい込み、穏やかな達成感に浸りながら仲間と健闘を称え合うなか、金近廉の表情からは、悔しさが消えることはなかった。

 9月20日、愛知・名古屋アジア競技大会の男子バスケットボール決勝。日本は57-67で韓国に敗れ、1962年ジャカルタ大会以来、64年ぶりとなる銀メダルを獲得した。歴史的な結果であることに変わりはない。それでも、金近が最初に口にしたのは、大会史上初の金メダル獲得を逃した「悔しさ」だった。

「この負けを忘れないようにしたい」

 それだけ、この大会に懸けていた。

 ワールドカップ本戦(来年夏・カタール開催)出場をかけたアジア地区予選を戦っている日本代表には、国内外でプレーするトップレベルの選手が集まる。この夏にはNBAで先発クラスの力を持つ八村塁、NBA挑戦3年目を迎える河村勇輝も合流。8月末に行なわれた同予選Window4では、サウジアラビア、カタールを相手に世界基準の強さを見せ、圧倒した。

 その代表に名を連ね、世界のコートで戦う。

 平均年齢25.1歳、若手中心の編成となった今回のアジア大会代表には、そんな思いを持つ選手が少なくなかった。実力的にはトップチームに続く位置にいる選手たちだけに、ここで結果を残し、上の舞台に食い込みたい。その思いは、金近も同じだった。

 もっとも、金近は今年になって突然、その競争に加わったわけではない。

 19歳だった2023年2月、ワールドカップ・アジア予選のイラン戦で代表デビューを果たすと、6本の3ポイントを含む20得点を記録。鮮烈な第一歩だった。

 1試合のインパクトだけで代表での居場所を確立できるわけではない。その後、さらなる成長を求めて、高さを備えたウイングプレーヤーになるべく東海大を辞め、20歳で千葉ジェッツに加入。Bリーグで経験を積みながら、代表合宿でも競争を続けてきた。197cmの長身から放つアウトサイドシュートはきれいな弧を描く。そのシュートは、千葉ジェッツでプレーするなかで「恋する放物線」と称されるようになった。

 周囲の期待が大きかったからこそ、厳しい目を向けられることもあった。一方で、本人の中には「少しずつ成長している」という実感もあった。

 そうしたなかで迎えた2026年。2月末からのワールドカップ・アジア予選Window2では、ホームでの中国戦と韓国戦に出場した。ただ、2試合合わせて8分43秒のプレータイムで3得点。7月のWindow3では中国、韓国とのアウェー2連戦に帯同したものの、出場は韓国戦の1分24秒にとどまった。

 代表に呼ばれていないわけではない。だが、戦力として十分にコートに立てているわけでもない。

 金近はその状況を打開し、代表での立場を変えようとしていた。

 7月にはアジア大会代表に選出された。8月に佐賀で行なわれたアジア大会代表チームが初めて臨んだ国際試合、モンゴル戦を腰のケガで欠場したが、コンディションを整えて本番に間に合わせた。

1 / 2

登録は簡単! チェックを入れてボタンを押すだけ 詳しくはこちら

著者プロフィール

  • 牧野 豊

    牧野 豊 (まきの・ゆたか)

    1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「Jr.バスケットボール・マガジン」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。229月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。

キーワード

このページのトップに戻る