【アジア大会】金近廉が日本代表として描いた「恋する放物線」 男子バスケ64年ぶりの銀メダル獲得に見せた悔しさの真意とは (2ページ目)
【求められたスコアラーとしての役割を果たす】
金近廉の挑戦は来るBプレミア、その先にある日本代表へと続いていく photo by Yoshio Kato そこで待っていたのは、これまでの代表とは違う立ち位置だった。
吉本泰輔ヘッドコーチから求められたのは、「よりアグレッシブに点を取ってきてほしい」という役割。その期待と信頼は、各ハーフでのオープニングオフェンスで金近のシュートを起点とするセットが、繰り返し用意されたことにも表れている。
「毎試合、コーチが僕のところでプレーを始めてくれるので、そこがすごく自信にもつながりました」
ただ、最初からその期待に応え続けられたわけではない。
初戦のインドネシア戦では、フィールドゴール10本中5本成功、3ポイント4本を含む15得点をマークした。だが、続くサウジアラビア戦は3得点、グループステージの韓国戦は9得点、準々決勝のチャイニーズ・タイペイ戦は8得点。3試合のフィールドゴール成功率は25%にとどまり、なかなか本来のシュートタッチをつかめなかった。
そのぶん、ディフェンスでは複数ポジションをカバーする強みを見せていたが、このチームで求められていたのは、オフェンスで違いを生み出すことだった。
それを結果で示したのが、準決勝の中国戦だった。
立ち上がりからシュートタッチが冴え、4本の3ポイントを含む19得点。チームとして体を張ったディフェンスやフィジカルコンタクトでも相手を上回り、日本は一時30点以上リードを奪うなど主導権を握り続け、97-77で勝利して決勝進出を決めた。
もっとも、金近はこの19得点を自分一人の力でつかんだとは考えていない。
「今日は最初の1本目を決められたのが大きかったですけど、それ以外のシュートも含めて、チームとして打たせてもらっているシュートが多いんです。ガード陣がペイントタッチして(守備が収縮したり)、いい流れを作ってくれているので、ワイドオープンのシュートが打てた。なので、僕だけのパフォーマンスではないというか」
今大会で得た手応えを、金近はこう表現した。
「役割が全く違うなかで、自分でそれを整理して、中国相手に表現できた。また違うステップアップというか、今までと違った道なのかなと思います」
代表に呼ばれるだけではなく、チームのなかで自分に与えられた役割を理解し、自分なりの形にして表現する。中国戦の19得点は、その変化を示すものでもあった。
そして決勝では、スコアラーとして結果を残すだけではない課題も見えた。
3ポイント3本を含む13得点をマークしたが、韓国の激しいプレッシャーを前に、金近自身も受け身になる時間があった。プレッシャーを逆手に取り、味方を生かす判断も求められた。
27得点、18リバウンド、3アシストをマークした韓国のイ・ヒョンジュンが、さまざまな形でチームに貢献する姿も、金近の目に焼きついた。シュートを武器としながら、それだけにとどまらない。
「シュートだけじゃなくて、リバウンドだったり、アシストだったり、そういうところでもチームに貢献できる選手になりたい」
韓国には、アジア大会で優勝すれば兵役免除となる選手が半数以上いた。そうした背景もあるなかで、金近が感じたのは、勝敗を分けた「気持ち」の部分だった。
「気持ちの勝負に関しては、今日は本当に韓国に負けた」
「これを止めずに、ステップアップしていかないといけない」
吉本HCがこのチームに求めてきたのは、一日一日成長することだった。最初から完成されたチームを作るのではなく、試合を重ねながら一人ひとりが役割を理解し、全体として成長していく。その過程で、金近も自分の現在地を確かめた。
シュートという武器を生かしながら、リバウンドやアシスト、ディフェンスでもチームに貢献する。スコアラーとして与えられた役割を果たすだけでなく、さらに何をチームにもたらせるか。今大会で見えた課題を、これからの成長につなげていく。
次に待つのは、千葉ジェッツで迎えるBプレミアのシーズン。渡邊雄太、富樫勇樹、外国籍選手らがそろうチームのなかで、どれだけ自らの存在感を高めていけるか。その戦いの先には、ワールドカップ、ロサンゼルス五輪へつながる日本代表の競争がある。
19歳の代表デビューから3年半。1試合のインパクトではなく、自分に求められる役割を理解し、それを継続してチームに貢献できる選手になれるか。
アジア大会でつかんだものを、次の舞台でどう積み重ねていくのか。
金近廉の挑戦は、続いていく。
著者プロフィール
牧野 豊 (まきの・ゆたか)
1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「Jr.バスケットボール・マガジン」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。22年9月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。
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