145キロのストレートより怖かった110キロのカーブ 武田翔太が「ダルビッシュ二世」と呼ばれた本当の理由 (4ページ目)
1年目から11試合に登板して8勝1敗、防御率1.07と鮮烈なデビューを飾った。新人王には届かなかったものの、優秀新人賞を受賞。その後も着実に成長を遂げ、5年目の2015年には13勝6敗、防御率3.17、翌2016年には14勝8敗、防御率2.95と2年連続で2ケタ勝利をマークした。オフには1億円プレーヤーの仲間入りを果たすなど、順風満帆なキャリアを歩んでいた。
ただ、このまま一気に飛躍するかと思われた矢先、故障やコロナ禍の影響が重なり、思うような成績を残せない時期がしばらく続いた。
その間も、春の宮崎キャンプで彼を探すと、あれほど広いキャンプ地なのに、不思議と毎年のようにバッタリ出くわした。そして、そのたびに話に花が咲いた。
投手としてどんな状況にあっても、彼はいつもの素朴な笑顔で、今の自分と野球に対する率直な思いを語ってくれた。右ヒジを痛めていた時期は、野球以外の話題が多かったが、変わらず朗らかで饒舌だった。
今年は韓国に活躍の場を移し、異国のマウンドで右腕を振っている。33歳になった今、何を思い、何を目指しているのか。そんなことを考えると、真っ先に思い出すのは、あの飾らない素朴な笑顔である。
そういえば、もうひとつ思い出したことがある。噛めば噛むほど味が出る、あの何ともいえないスルメのような笑顔。あまり定着はしなかったが、以前、ある記事で彼を「スルメン」と名づけたのは、何を隠そう、この私だったのだ......。
武田翔太(たけだ・しょうた)/1993年4月3日生まれ、宮崎県出身。宮崎日大高では「ダルビッシュ二世」と称され、2011年ドラフト1位でソフトバンクへ入団。1年目から8勝を挙げるなど頭角を現し、2015年から2年連続で2ケタ勝利をマーク。縦に鋭く落ちるカーブを武器に、NPBで66勝を挙げた。2025年限りでソフトバンクを戦力外となり、2026年シーズンは韓国・KBOリーグのSSGランダースでプレーしている。
著者プロフィール
安倍昌彦 (あべ・まさひこ)
1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。
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