【高校野球】部員9人から始まった快進撃 吉田洸二が振り返る「最強コンビが生んだ清峰伝説」 (3ページ目)
【俺は甲子園に行けない監督なんだ】
運命の2005年夏。清峰は快進撃を見せる。2回戦、3回戦と大量点を奪って快勝すると、準々決勝で長崎日大を相手に10対0でコールド勝ち。吉田監督は「『これはいくな』という雰囲気がありました」と語る。準決勝で波佐見に7対5と競り勝ち、2年連続の決勝戦へと駒を進めた。
しかし、対戦相手は春に完封負けを喫した瓊浦である。相性のよくない相手に、清峰は序盤から劣勢に立たされる。
清峰の先発投手が打ち込まれ、3回表を終わった時点で0対7。思わぬ大量失点に、応援スタンドでは一部の保護者が暴れ、罵声が飛び交った。
この時、ベンチにいる指揮官の胸中はどんなものだったのだろうか。吉田監督は記憶を掘り起こすように、しみじみと語った。
「もう焦りという次元を超えて、ただただ落胆していました。私はもともと何も持っていない人間です。去年も今年も、甲子園まであと1勝に迫っているのに、7点もリードされて。『あぁ、俺はやっぱり甲子園に行ける監督じゃないんだな』と思っていました」
悲嘆に暮れる吉田監督だったが、選手たちはまだあきらめていなかった。
著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。
フォトギャラリーを見る
3 / 3




























