【高校野球】元"メジャー挑戦"の異色監督が、専用グラウンドも特待生制度もない八王子実践を初の甲子園へ導けた理由
大林素子ら数多くの日本代表選手を輩出してきた女子バレーボールの名門である八王子実践が、創立100周年の節目の年に、春夏通じて初めて甲子園出場を決めた。
女子バレーボール部とは異なり、硬式野球部は強化指定部ではないため、専用グラウンドもなければ、特待生制度もない。平日は午後6時30分に完全下校で、土曜日も4限まで授業がある。平日は週3回、近隣の少年野球チームのグラウンドを借りて練習できるものの、それ以外の日は内野程度の限られたスペースしか使えない。
そんな環境のなかでも昨年夏に西東京大会ベスト8に進出すると、今夏ついに悲願の初優勝を果たした。
西東京大会を制し初の甲子園出場を決めた八王子実践・河本ロバート監督(右) photo by Yu Takagiこの記事に関連する写真を見る
【世界を渡り歩いた指揮官の野球哲学】
「自分が逆の立場だったら、二の足を踏むような環境です。来てもらった子たちに感謝して指導しています」
そう語るのは、河本ロバート監督(40歳)だ。
河本監督はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、八王子実践で野球を始めた。その後、強豪・亜細亜大に進み、ロバート・ブース(※)の登録名でプレーした。
※兄2人はカリフォルニア生まれだったため、東京生まれの本人が河本姓を残すため現役途中で登録名を「河本ロバート」に変更した
亜細亜大では11試合に登板し、1勝0敗。NPBのドラフトでは指名されなかったものの、ドジャースとマイナー契約を結んだ。その後、投げ方がわからなくなるイップスに苦しみ、メジャー昇格はかなわなかった。それでも、河本は現役続行を選んだ。
「自分との勝負で終わるのが、一番嫌だったんです。全力でやって、ボコボコに打たれて、『これが俺の限界だ』と思いたかったんです」
その後はBCリーグの新潟アルビレックス(現・オイシックス新潟)、台湾プロ野球のLamigoモンキーズ(現・楽天モンキーズ)、徳島インディゴソックスを渡り歩き、冬場にはオーストラリアやコロンビアでも腕を振った。世界各地のさまざまなリーグを転戦しながら、現役生活を続けた。
そして2015年に現役を引退し、2016年から母校・八王子実践のコーチを務め、2019年から監督としてチームを率いている。
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著者プロフィール
高木 遊 (たかぎ・ゆう)
1988年生まれ、東京都出身。大学卒業後にライター活動を開始し、学童・中学・高校・大学・社会人・女子から世代別の侍ジャパン、侍ジャパントップチームまでプロアマ問わず幅広く野球を中心に取材。書籍『東農大オホーツク流プロ野球選手の育て方〜氷点下20℃の北の最果てから16人がNPBへ〜』(樋越勉著・日本文芸社)『レミたんのポジティブ思考"逃げられない"な"楽しめ"ばいい!』(土井レミイ杏利著・日本文芸社)『野球で人生は変えられる〜明秀日立・金沢成奉監督の指導論(金沢成奉著・日本文芸社)では、編集・構成を担当している。














