【プロ野球】日本一から一転、メキシコで知らされたホークスへのトレード 濵口遥大は「もう頑張るしかなかった」と前を向いた
濵口遥大インタビュー(前編)
止まっていた時計が音もなく動き出す。
「お久しぶりです。ごぶさたしています」
以前と変わらぬ、艶のある声の響き。そこにはすっきりとした表情の濵口遥大が笑みを浮かべて立っていた。
DeNA、ソフトバンクで9年間プレーし、昨年現役を引退した濱口遥大氏 photo by Miki Sanoこの記事に関連する写真を見る
【歓迎されるとは思ってなかった】
ふと、あの日の光景が脳裏によみがえる。
2024年11月3日、横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ第6戦(横浜スタジアム)。3勝2敗で日本一にリーチをかけたDeNAは、先発の大貫晋一に代わり、4対2と2点リードした5回に濵口がマウンドへ上がった。
濵口は気持ちのこもった投球で三者凡退に切ってとると、マウンドを降りる際、「まだまだこれからだ!」と、言わんばかりに荒ぶる表情で両腕を跳ね上げた。選手の行動として珍しいものだったが、ファンのボルテージは一気に高まった。
その裏の攻撃で一挙7得点。チームは26年ぶりの日本一へ邁進することになるのだが、あの時の濵口の魂のこもった投球とパフォーマンスが、チームに火をつけたと思えてならない。
あの日本一達成から約1年半、濵口はトレード、戦力外を経験し、横浜に帰ってきた。この4月からDeNAのベースボールスクールのコーチに就任し、子どもたちに指導している。
「横浜に戻ることになって、最初は何ていうのか歓迎されるとは思ってなかったんですけど、全然そんなことなくて、いろいろな人から、それこそ初めて会う方からも『お疲れ様でした。これからよろしくお願いします』と、言っていただいてうれしかったですね」
古巣は落ち着くんじゃないですか、と尋ねると「ですね」と顔をほころばせた。
【野球から距離を取ろうと思っていた】
昨年の11月、9年間の現役生活を終え引退。その経緯についてはのちほど触れるが、そもそもなぜ古巣のスクールのコーチになることになったのだろうか。
「引退発表後、最初に声をかけていただき、そこからずっと気にかけてくれていました」
そう言うと、濵口は少し複雑な表情をした。
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著者プロフィール
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/AERA dot./REAL SPORTS/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住







































