【高校野球】エース不在の山梨学院を支えた2年生左腕 渡部瑛太が春に積み上げた経験と夏への期待
次代を担う逸材たち〜アマチュア野球最前線
第12回 山梨学院・渡部瑛太
横浜(神奈川)の優勝で幕を閉じた春季関東大会。その横浜と準決勝で対戦し、最後まで食らいついたのが山梨学院だった。
山梨学院は、この春の選抜大会で左手首を骨折した菰田陽生(はるき)、さらにコンディション不良の檜垣瑠輝斗(るきと/ともに3年)という2枚看板を欠く苦しい状況で大会に臨んでいた。そんななか、背番号1を託されたのが2年生左腕の渡部瑛太だった。
横浜との準決勝。序盤から全国屈指の強力打線を相手に腕を振り続け、9回を投げ4失点ながら完投。敗れはしたものの、吉田洸二監督が「安定感があり、スターターとして機能する」と評価したように、関東大会を通じて"新たな軸"としての存在感を示した。
選抜でも好投した山梨学院の2年生左腕・渡部瑛太 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【選抜でも3試合に先発】
もともと渡部は将来性を高く評価されていた左腕だ。北海道・札幌新琴似リトルシニア出身。身長180センチの長身から投げ込むストレートは、まだ爆発的な球速こそないが、腕の振りが柔らかく、ボールに力感がある。
さらにスライダー、チェンジアップを織り交ぜながら打者のタイミングを外す投球ができ、昨秋の時点から「将来的に伸びる」と周囲の評価は高かった。
そのポテンシャルが全国に伝わったのが、今春の選抜大会だった。長崎日大との初戦で公式戦初先発を任されると、6回途中1失点。甲子園という大舞台にも物怖じせず、「次はもっと自分の力を出したい」と前を向いた姿が印象的だった。
甲子園という舞台では、経験豊富な上級生でも浮き足立つことがある。だが、渡部は淡々としていた。もちろん細かな制球ミスや課題はあったが、それでも「打たれても次へ切り替える」という姿勢を貫いた。これは投手として非常に大きな資質だろう。
つづく大垣日大(岐阜)戦でも、同じく2年生のキャッチャー・光永惺音の好リードもあり、9回途中1失点でチームを勝利へと導いた。光永が言う。
「1回戦はふたりともバタバタしてしまったので、試合後に『次はしっかり落ち着いてやろう』と話し合いました。今日は緊張もなくて、落ち着いてプレーできました」
1 / 3
著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長














