【プロ野球】日本一から一転、メキシコで知らされたホークスへのトレード 濵口遥大は「もう頑張るしかなかった」と前を向いた (4ページ目)
【チームにまったく貢献できなかった】
DeNAで8年間を過ごしてきた。豪快に腕を振り下ろすサウスポー。力強いストレートと大きく落ちるチェンジアップを武器に、どんな状況でも決してひるまず、闘争心をむき出しにして立ち向かう"ブレイブハート(勇敢な心)"の持ち主だった。
調子がいい時は手がつけられないほどの圧巻の投球でビッグインパクトを残したが、一方で制球に苦しむことも多々あり、その日投げてみなければ状態がわからない危うさもあった。
ただ安定感には欠けていたかもしれないが、無敵モードに入った時の濵口の投球には、胸のすくような爽快感があった。
「でも、チームにまったく貢献できなかった、というのが僕の正直な思いなんです。申し訳なかったなって......」
目線を落とし濵口は言った。
「2ケタ勝てたのは最初だけですし、コンスタントに一軍登板の機会を与えてもらいながら期待に応えることができませんでした。通算成績も負け越し(44勝46敗)で終えましたし、そのあたりをもっとできたらという思いはありますね」
では、思い出に残っている試合はなんだろうか。そう問うと濵口は首をひねった。
「うーん、何だろう。本当にどれもすばらしい経験で、もちろんつらいこともたくさんありましたけど、それも僕の野球人生には必要なものでした。いや、やっぱ2度の日本シリーズの景色が一番心に残っていますね。17年のルーキーイヤーと、24年の日本一。ホークス相手で同じシチュエーションなんですけど、見え方や感じ方がまったく違う日本シリーズだったので印象に残っています。
やっぱり24年の日本一は喜びが大きかったし、自分が投げた試合で決まったこともあり、うれしかったですよね。いい思い出という表現が適切かわかりませんが、あの経験がプロを辞めるひとつのきっかけにもなりました」
限られた人間にしか味わえない成果と達成感──。日本シリーズ優勝は、濵口にとってひとつの区切りとなった。
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