中田英寿からの労いの言葉で、全身の緊張が一瞬にして溶けた 親しい人には「すごく人懐っこい」一面も
北中米ワールドカップの開幕が迫るなか、日本サッカーの歩みを振り返るうえで、ひとりの存在を抜きに語ることはできない。世界を舞台に闘い、日本代表の価値観を塗り替えた先駆者──中田英寿。2006年ドイツワールドカップ直後の現役引退からもうすぐ20年。本特集では、さまざまな視点と書き手によって、ヒデの軌跡を立体的に振り返る。
第2回は、ライター戸塚啓氏が中田英寿からかけられた労いの言葉を思い出し、イタリア取材で代理人やチームメイトから耳にした「ヒデの素顔」に触れる。
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海外での中田英寿はどんな素顔を周囲に見せていたのか photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 現役時代の中田英寿は、取材の機会が非常に限られていた。日本代表の活動期間は、要所でしか口を開かなかった。
その代わりではないが、彼は自分の声を届ける場所を作った。オフィシャルサイトを開設して、定期的に情報を発信していったのだ。
サイトに連動したCS放送の番組もスタートした。
その番組に関わったことがある。ドイツワールドカップのメンバー発表直後に、カズこと三浦知良との対談が行なわれ、その司会を務めることになったのだ。
テレビの公開収録のようなもので、200人以上の関係者が集まっていたと思う。その場にいる人たちのお目当ては、もちろん中田であり、カズである。彼らがどんな話をするのかを、全員が楽しみにしている。
この対談は雑誌の巻頭ページを飾ることになっていて、「これは聞いてほしい」という質問をいくつか託されていた。台本も用意されているから、質問に詰まることはない。
自分のことを気にかける人がいないとわかっていても、僕は緊張していた。ガチガチという音が、自分でも聞こえるぐらいに。
スポットライトを浴びるふたりが、僕を助けてくれた。取材を通じて面識のあったカズは、これからワールドカップに挑む中田を立てながら、硬軟自在のコメントで会話を運んでくれた。ヨーロッパでプレーしている中田も、「ゆっくり話すのは久しぶり」というカズとの時間を楽しんでいるようだった。お気に入りのカフェで寛いでいるかのような空気感が、その場に漂っていた。
収録が終わり、雑誌用の撮影を済ませて、解散となった。中田は「長時間、お疲れさまでした。おかげさまで、カズさんと楽しい話ができました」と、労いの言葉をかけてくれた。全身に張りついていた緊張が、その瞬間に溶けた気がした。
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著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)







