【プロ野球】日本一から一転、メキシコで知らされたホークスへのトレード 濵口遥大は「もう頑張るしかなかった」と前を向いた (2ページ目)
「正直に言いますと、引退後は少し野球から距離を取ろうと思っていたんです。僕としては野球以外の分野でひとりの人間として活躍できるようになりたいという思いもあって......ありがたかったのですが、すぐには受け入れることはできませんでした」
真摯な表情で濵口はつづける。
「そんな僕の思いを理解しながら、それでも球団は熱意を持って声をかけつづけてくれたんです。最初、スクールのある野球普及・振興部は何をしている部署なのかわからなかったのですが、聞けばスクールのコーチ以外にも、地域とつながりを持ち、小学校に訪問し野球を普及する活動をしたり、また野球に携わったことのない社員や野球を知らない方々とコミュニケーションを取ることもありますし、そこは一般企業と変わらないんじゃないかと感じたんです」
コーチ以外も事務仕事や営業のようなこともしなければならず、今後の人生を考えてもプラスになるはずだと濵口は考えた。
「現役時代は、試合でベストなパフォーマンスを発揮することだけに集中していて、試合がどのように運営されているのかも知りませんでした。試合に限らず、あらゆるイベントには多くの人が携わっていて、何カ月も前から構想を練っていることを知って、非常に勉強になっていますし、今は本当に魅力を感じています」
晴れやかな表情で濵口は言った。プロ野球選手のセカンドキャリアはいろいろあるが、野球から一旦は気持ちが離れたものの、球団の熱意が濱口の考えと視点を変え、再び横浜へと戻ってきた。
4月にSNS上で濵口の帰還が知られると、大きな反響を呼んだ。喜びの言葉で埋め尽くされ、横浜ファンに"ハマちゃん"がどれだけ愛されているのかを、あらためて感じさせる出来事だった。
【メキシコで知らされたトレード】
日本一のあと、濵口は優勝パレードを待たずにメキシコへと渡った。2024年シーズンは日本一になったものの、先発だったレギュラーシーズンではほとんどチームの力になれなかったと感じたからだった。
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