【プロ野球】花巻東・大谷翔平との一戦より忘れられない試合 藤浪晋太郎と森友哉が明かす春夏連覇・大阪桐蔭の「最大のヤマ場」 (4ページ目)
藤浪 こうやって思い出していくと、いつも(夏の甲子園準決勝の)天理戦で、余計なことをせんかったらよかったって思うんですよ。あとひとりで完封というところで、球場も「真っすぐ勝負やろ」みたいな雰囲気になって、そこに乗って真っすぐを続けたら、ドンピシャのタイミングで打たれて、レフトスタンドに一直線。
森 7球連続ストレートを続けたんですよね。
藤浪 スライダーを投げていたら、100パーセント三振を取れていたはず。そうしていれば、夏の最後に3試合連続完封で優勝していた。今なら、3試合連続完投もなかなかないよな。
森 ほんとスタミナの心配がなかった。決勝のあとでも、もう1試合くらい完封できていましたよ(笑)。
藤浪 まあ、練習の成果やな。
森 大阪桐蔭は鍛え方が違う(笑)。
藤浪 でも真面目な話、それだけやってきたという自負はありました。「あれだけやったんやから」と。たしかに疲れはあっても、「オレはいける、まだいける」と思って投げていました。あの場所で、そう思えるかどうか。これは大きいと思います。
藤浪晋太郎(ふじなみ・しんたろう)/1994年4月12日生まれ。大阪府出身。大阪桐蔭ではエースとして2012年に春夏の甲子園連覇を達成し、最速160キロの剛腕で注目を集めた。同年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。プロ1年目から3年連続2ケタ勝利を挙げるなど活躍したが、その後は制球難に苦しむ。23年にメジャーリーグへ挑戦し、アスレチックス、オリオールズでプレー。24年のシーズン途中にDeNAと契約し、3年ぶりの日本球界復帰を果たした
森友哉(もり・ともや)/1995年8月8日生まれ。大阪府出身。大阪桐蔭2年時の2012年に藤浪晋太郎、澤田圭佑らとバッテリーを組み、甲子園春夏連覇。13年は主将として春夏甲子園出場を果たした。同年、ドラフト1位で埼玉西武ライオンズに入団。2年から正捕手として活躍し、19年には打率.329でパ・リーグ首位打者とMVPを獲得。ベストナイン、ゴールデングラブ賞も受賞した。23年からはオリックス・バファローズでプレーし、攻守の要として存在感を示している
著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。
フォトギャラリーを見る
4 / 4



























