【プロ野球】藤浪晋太郎と森友哉が語り合う覚悟の2026年シーズン 「頭のどこかで常に終わりは意識している」
特別対談 DeNA・藤浪晋太郎×オリックス・森友哉(後編)
小学校時代から対戦を重ね、大阪桐蔭ではバッテリーを組み、甲子園春夏連覇。そんな藤浪晋太郎と森友哉も、気がつけば共に30代に入った。学童野球の頃には想像もしなかった「引き際」や「モチベーション」という言葉が、今では自然に会話に出てくる。ふたりがそれぞれ見据える"次の山"とは。
昨季、3年ぶりの日本球界復帰を果たしたDeNA・藤浪晋太郎 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【学童野球時代から対戦】
── ところでふたりは、学年は1つ違いますが、学童野球の頃から対戦があったそうですね。
藤浪 同じ地区(大阪府堺市)だったので、チーム同士の対戦は、その頃からありましたね。
── 投手・藤浪、打者・森の初対決は覚えていますか。
藤浪 さすがにそこは覚えてないです。
森 初対決は覚えてないですけど、一度、デッドボールを当てられたのは覚えています(笑)。茶山台の学校のグラウンドで。
藤浪 茶山台の小学校?
森 たしかそうです。あの頃、みんな背番号はボタンで留めていたんですけど、たぶんボールが背中をかすめて、背番号が取れたんです。
藤浪 それは覚えてない(笑)。
── その頃から対戦を重ね、高校時代に聞いた時には、「藤浪さんにはけっこう強かったです」と話していた覚えがあります。
森 そんなこと言ってました? いや、打った印象はあんまりないです。小学校の時は、そんなに対戦はなかったですし......。それより藤浪さんの弟のチームとは対戦が多くて、そっちのほうがいろいろと覚えていますね。弟は野手で、僕はピッチャーで。試合はけっこう勝っていましたね。
藤浪 自分は、森にはトータルで打たれている印象が強いですね。中学のボーイズの時も、春の全国をかけた予選で森のチームに負けたんですけど、タイブレークだったか、最後は森に打たれて終わったんです。
森 いいところで打ったから、印象に残っているんじゃないですか。僕は、打っているイメージはないですよ。
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著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。













