中島佑気ジョセフはなぜ「キツい400m」を選んだのか 「200mのほうが楽しかった」その矢先に...
中島佑気ジョセフ(陸上400m)インタビュー@中編
◆中島佑気ジョセフ・前編>>世界陸上1カ月半前は出場すら危うい「崖っぷち」だった
今年9月に開催された「東京2025世界陸上」で、男子400mに出場した中島佑気ジョセフ(富士通)は数々の快挙を成し遂げた。予選では44秒44の日本新記録を樹立。そして決勝では、34年前の高野進を上回る6位に入り、満員の国立競技場を沸かせた。
中島は東京都出身。地元開催の世界大会で存在感を示した。そんな中島のルーツに迫った。
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中島佑気ジョセフはどんな陸上人生を歩んできたのか photo by Koreeda Ukyoこの記事に関連する写真を見る 中島の両親は、「どちらかと言うと、スポーツ系よりも文化系の人」だと言う。中島は「読書家」としてメディアに紹介されることも多いが、「父はけっこう本を読んでいました」と言い、少なからずその影響もあったのだろう。
陸上を始めたばかりの中学生の頃に読んだ『ウサイン・ボルト自伝』(集英社インターナショナル刊)は、中島に大きな衝撃を与えた。
「『世界で活躍するのはこんなにすごいのか!』とか『こんな世界があるのか!』って思ったきっかけになりました」
陸上選手としての中島にとって、原点とも言える一冊になっている。
中島が陸上を始めたのは小学6年生の時だった。当時、一番仲のよかった友だちが陸上クラブに入っていたのがきっかけだった。
「最初は地域の方が教えているクラブに入りました。週1ぐらいで、練習のあとにアイスをくれるんです。それに釣られて通うようになって、そこからハマった感じです」
ちなみに、それまではサッカーやバスケットボールに親しんだこともあったが、「決して苦手ではなかったが、チームスポーツが合わなかった」と言う。勝手な想像だが、中島の身体能力が突出していたゆえに、そう感じただけだったのではないだろうか。それを中島にぶつけると、こんな回答だった。
「うーん。どうなんですかね......。もちろん足は速かったですし、ジャンプ力もありましたけど、めちゃくちゃ器用なタイプではなかったです」
ともあれ、こうして中島の陸上競技への道が切り開かれたというわけだ。
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著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。


















