中島佑気ジョセフはなぜ「キツい400m」を選んだのか 「200mのほうが楽しかった」その矢先に... (5ページ目)
【いつか越えないといけない存在】
「まだ体の使い方もできていませんでしたし、筋力もなくて未完成だったので、たぶん体がスピードに追いつかなくて肉離れしてしまったんですよ。
肉離れを一回してしまうと、スプリントがかなり重くなりました。100%のスピードで走る能力がなくなってしまった感じがありました。自分で意図したわけじゃないんですけど、またケガをしたくはなかったですし、結果的に400mになりました」
思わぬケガに、中島は期せずしてロングスプリンターとしての道が定まった。
高校時代の400mのベストは48秒05。高校3年時の全国ランキングで50位に入るかどうかといったレベルだった。U18日本選手権の300mでは8位入賞を果たしているものの、インターハイは全国大会の準決勝が最高成績。都大会から南関東大会を経て全国に駒を進めることはできたが、まだまだ全国の頂点は遠かった。これが中島の高校時代だ。
ちなみに、中島の恩師・山村先生は高校時代にインターハイで200m、400m、4×400mリレーの3冠を成し遂げ、さらには日本選手権では400mのタイトルも手にし、高校生として39年ぶりの日本一に輝いた。そして、21歳でシドニー五輪に出場し、世界陸上にも2度出場している。今なお残る45秒03の学生記録を持つ、日本を代表する400m選手だった。当然、中島にとっての大きな目標だった。
「いつかは絶対に超えたいというか、超えないといけないなって思っていましたね。その当時は雲の上の存在でしたけど、いつかは追いつけるだろうなと思っていました」
そんな思いを持ち続けて、高校卒業後は東洋大で競技を続け、さらに上を目指した。
(つづく)
◆中島佑気ジョセフ・後編>>44秒台連発で「陸上競技の核に触れられている」
【profile】
中島佑気(なかじま・ゆうき)ジョセフ
2002年3月30日生まれ、東京都立川市出身。小学生から陸上を始め、城西大附城西高を経て2021年に東洋大へ。2023年・2024年に日本選手権400m連覇。2024年パリオリンピックでは4×400mリレーに出場し、決勝でアジア新記録をマークする。2025年の世界陸上(東京)では400m予選で44秒44の日本新記録を樹立。決勝にも進出して6位入賞を果たし、1991年世界陸上の高野進(7位)を上回る日本人過去最高順位を残す。富士通所属。身長192cm。
著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。
【写真】中島佑気ジョセフ「私服」フォトギャラリー
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