検索

菊地雄星が花巻東時代に貫いた野球だけの生活「ゲーセンも行かない」「私服もいらない」「寮の部屋は自己啓発本だらけ」

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko

流しのブルペンキャッチャー回顧録
第4回 菊池雄星(エンゼルス)後編

 高校時代、雄星投手との語り合いは、いつも楽しかった。 

 ドラフトまでに何度も言葉を交わしているが、その度に「自分の言葉」で、飾らず、誇張もせず、ありのままの感情を言葉にして、フラットにこちらへ伝えてくれた。

「生まれも育ちも岩手なんで、東北から甲子園の優勝校が出ていない(当時。2022年夏に仙台育英が優勝)のは悔しいっす。弱いと言われてるからこそ、岩手を強くしたい。野球が弱いから県外に行く中学生が多いんですが、弱いと思うなら、なんで岩手に残って、岩手を強くしようとしないのか不思議なんです」

 うれしい時にはうれしい顔。悔しい時には悔しい顔。ありのままの素直な表情が、こちらの気分をなごませてくれる。 

第6回WBCで初めて侍ジャパンに選出された菊池雄星 photo by Getty Images第6回WBCで初めて侍ジャパンに選出された菊池雄星 photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る

【本棚には自己啓発本がぎっしり】

「岩手といえば、わんこそばに、宮沢賢治に、その次ぐらいに、花巻東がくるようになったらいいですよね......」

 雄星投手が花巻東に入学した理由も明かしてくれた。

「ほんと、こ〜んなに小さかったんですよ、自分。中1で155センチ......。球速も90キロちょっとだし、変化球もコントロールもまったくでした。そんな頃から(花巻東高の)佐々木(洋)監督がずっと見てくれて、『将来必ずプロに行けるから』って、ずっと励ましてくれたんです。だから、監督は絶対に裏切れないんです。佐々木監督のもとなら、甲子園に出られなくても、プロにいけなくても、悔いないって思って。それでここ(花巻東)に来たんで」

 高校3年間は、栄光の陰で、「苦悩の時間」も多かった。佐々木監督によると、雄星投手の寮の部屋は、壁という壁が本棚で埋め尽くされており。そこには漫画本の類いは一切なく、自分の能力を伸ばすための本、つまり、自己啓発本がギッシリなのだという。

 プレーヤーとしても、またひとりの人間としても、より向上したいと願う強い思いが、時に裏目に出ることもあったそうだ。そのままでも十分にいいのに、もっとよくなろうとして、せっかくのいい状態をいじって崩してしまう。

この続きはcodocで購読

著者プロフィール

  • 安倍昌彦

    安倍昌彦 (あべ・まさひこ)

    1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。

フォトギャラリーを見る

キーワード

このページのトップに戻る