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「10球で左手の感覚が消えた」 花巻東ブルペンで受けた怪物・菊池雄星、衝撃のクロスファイアー

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko

流しのブルペンキャッチャー回顧録
第4回 菊池雄星(エンゼルス)前編

 そういえば......と、先日「大谷翔平投手」の原稿を書きながら思い出していた。これまで何度となく訪れた花巻東高校の最初は「菊池雄星投手」だったなぁ、と。
 
 大谷投手の取材に先立つこと3年前。2009年春の終わり頃だった。選抜で準優勝を飾った直後の菊池投手のボールを受けに、初めて花巻東のグラウンドへと足を踏み入れた。 

 大谷投手は「大谷くん」だったが、菊池投手は、「雄星投手」の呼び方で勘弁していただこう。 
 
高校3年春は甲子園準優勝、夏はベスト4進出を果たした菊池雄星 photo by Sportiva高校3年春は甲子園準優勝、夏はベスト4進出を果たした菊池雄星 photo by Sportivaこの記事に関連する写真を見る

【選抜準優勝の重圧が招いた迷い】

 初対面は、グラウンド横のトイレの前だったと記憶している。

「すごく楽しみにしていました!」

 振り返ると、愛くるしいニキビ面が目に飛び込んできた。初対面とは思えないほど、雄星投手は冗舌だったが、快活に明るく振る舞えば振る舞うほど、なんだか辛そうに見えて仕方なかった。

 ブルペンで向き合って驚いた。選抜の時と、腕の振りの角度が違う。時計の文字盤でいうと、2時ぐらいからの角度で投げていたのが、今日は12時近い角度。つまり、真上から投げよう、投げようとしている。 

「上から投げれば、スピードが出るって聞いたので......」

 ワケを聞いたら、やっぱりちょっと辛そうにそんな説明をしてくれた。

 準優勝というのは辛い。次は優勝しかないのだから、自分をなんとかもっとよくするために、いろんなこと考えて、研究して、試して......。彼のような「絶対的エース」なら、余計にそうだ。「全国」を獲らなきゃいけないプレッシャーを一身に背負っている。

 それにしても不自然な角度。なにより本人が快適に気分よく投げているように見えない。 

「その投げ方で痛いとこ、ない?」と聞くと、「このへんがちょっと......」と左の脇腹から背中のあたりをさすりながら、半泣きみたいな顔になっている。

 そりゃそうだろう......。ふつうの体のメカニズムではあり得ないタテの角度。恩師の佐々木洋監督が、「中1の頃からグニャグニャに柔らかかった」と驚いていたほどの肩甲骨の可動域の広さを最大限に生かしきれていない、無理をした角度だ。 

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著者プロフィール

  • 安倍昌彦

    安倍昌彦 (あべ・まさひこ)

    1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。

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