35歳・鈴木大輔が振り返るサッカー人生のターニングポイント スペインでの3年間とジェフ千葉への移籍
ベテランプレーヤーの矜持
~彼らが「現役」にこだわるワケ(2025年版)
第7回:鈴木大輔(ジェフユナイテッド千葉)/後編
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2012年のロンドン五輪への出場によって「海外に行く」という決意が固まったことで、意識や考え方の基準が変わったのもあってだろう。2013年、鈴木大輔は5年間在籍したアルビレックス新潟を離れ、柏レイソルへの移籍を決断する。2012年のシーズンが終わったタイミングで、海外でのプレーを模索したものの、話がまとまらず、いくつかあったJ1クラブからのオファーのなかから最も厳しい環境を選んだという。
「新潟ではスタメンに定着して以降、多少調子を落としても試合に出られるような環境にあったので。その自分を冷静に見た時に、新潟を離れないと成長できないと考えました。いくつかのオファーから柏に決めたのは、キャリアやチームを決める時に自分に選択権があるのなら、『絶対に厳しいほうを選ぶ』と決めていたから。
それもあって、『即戦力として考えている』と声を掛けてもらったチームではなく、あえて、J1復帰初年度の2011年にJ1を制したばかりのチームで、強化の方に『増嶋竜也と近藤直也という盤石のセンターバックコンビに割って入る勝負をしてほしい』と言われた柏を選択しました。そういう"競争"に身を置くことでしか見出せない成長があると思っていました」
事実、その柏で3シーズンにわたって厳しいセンターバック争いを続けた時間は、鈴木にとって「いろんな景色を見る時間」になったという。特にネルシーニョ監督のもとで戦った最初の2シーズンは「試合で結果を残せなければ、次の試合ではすぐにサブに回る」といった状況が続いたが、だからこそ、2013年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で頂点に立ったり、2014年のリーグ戦で上位争いを繰り広げたりした経験は、鈴木の成長を促し、欲を膨らませた。
「ネルシーニョはDFラインに4枚、センターバックをそろえるというような戦術も敷く監督で、右サイドバックを任されることもありました。すべての試合には出られたわけじゃなかったけど、毎週、スタメンを目指して練習に食らいついていく、みたいな日々を過ごせたことは本当によかった。それが、2013年の日本代表選出にもつながったと思っています」
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