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新庄剛志監督が導く日本ハムの強さの理由を飯田哲也が解説 「受け継がれる野村イズム」と「似て非なるチームづくり」

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi

 前半戦「21」の貯金をつくり、パ・リーグ首位を走る新庄剛志監督率いる日本ハム。選手の起用法、作戦、そしてチームづくりという点において、かつての師である野村克也氏の面影が色濃くにじむ。ヤクルト黄金期を支えた飯田哲也氏に「野村野球」と「新庄野球」について語ってもらった。

1999年から2年間、野村克也監督(右)のもとでプレーした新庄剛志 photo by Sankei Visual1999年から2年間、野村克也監督(右)のもとでプレーした新庄剛志 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

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── 野村氏はヤクルト監督時代、「1年目に種をまき、2年目に水をやり、3年目に花を咲かせる」と言い、そのとおり3年目に優勝を果たしました。そして、その野村氏の教え子である日本ハムの新庄剛志監督は、3年目の優勝こそ果たせませんでしたが、4年目の今季はシーズン序盤から首位を快走し、貯金21で前半戦を折り返しました。

飯田 日本ハムの監督になって、スタートは2年連続最下位でしたが、昨年は2位、そして今年はここまで首位。一番の要因は、うまく選手を起用していることだと思います。

── 作戦面でも、5月13日のオリックス戦で2ランスクイズを決めるなど、新庄監督らしい野球を展開しています。

飯田 「こういう時はこうしなさい」という"新庄野球"がチームに浸透しているのだと思います。野村監督も「点を取るべき時は、きっちり取る」と、スクイズ、ランエンドヒットなどを駆使して、1点をもぎ取る野球でした。

── 野村監督時代のヤクルトの選手は、やるべきことがわかっていて、自ら判断していた印象があります。

飯田 たとえば93年の西武との日本シリーズでは、第4戦でセンターを守っていた私が前進守備をして二塁走者をホームで刺し、第7戦では三塁走者の古田(敦也)さんがギャンブルスタートを敢行しました。どちらも自主的にやったプレーですが、ちゃんとした根拠がありました。このように、時にはサインを無視して自分の判断でやったこともありましたが、日本ハムの選手はまだそこまでいっていないと思います(笑)。ただ、指示どおりきちんと動いています。

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